曹操の勢力が衰えた機を狙い、天下統一のため蜀攻略を急ぐ周瑜に対し、孔明は蜀との同盟こそが良策と考え、ふたりの意見は対立する。そして、荊州を治めていた劉琦が、病の床で自分の亡きあとを劉備に託すと宣言した。その知らせを聞いた周瑜は激怒し、劉備暗殺と共に荊州を手に入れようと企むが・・・。
建安20年(西暦215年)。劉備が治める益州の隣国・漢中が曹操に制圧された。。勢いづく曹操軍の進軍を阻むため、孔明は張飛に持久戦を命じ、撤退へと追い込むことに成功する。だがすぐに、曹操軍に脅かされる涼州から出兵要請を受ける。血気にはやる兵士達を前に、孔明はまたも持久戦を提案するが・・・。
劉備、曹操、孫権たち漢民族が領土を争い戦う一方で、周辺の少数民族たちはそれぞれの立場で自分の土地を守るため動いていた。曹操軍の軍師孔明の命をねらうのは、荊州の南に控える南越族。しかも、孔明の信頼厚い馬謖(ばしょく)は、実は南越族の長に育てられた青年で、孔明暗殺の機会を窺う役目を負っていた・・・。
陸遜の計略により、荊州は孫権軍に制圧された。つづいて、魏では曹丕が、漢王朝を継ぐと称し帝を名乗った。国内外の動揺を沈めるため、孔明は劉備に帝位につくようすすめ、、事実上、蜀漢は国として独立をなす。一方、孔明は荊州に残された自国の民を救う策を練るが、遠征軍には劉備自らが加わり―。
魏・呉・蜀(江東)がそれぞれ建国して、後漢は事実上消滅、武力を争う乱世は三国が牽制しあう時代へと移る。蜀では帝となった劉備が死去し劉禅が帝位を継ぐが、劉備の遺志に従い、実質統治は孔明が引き継いだ。孔明は周辺民族に和平交渉をもちかけるが、呉と結託して蜀の対立を選ぶ一派もいて―。 堂々完結!