九州は朝倉で、ご神木を伐採して宮殿を作ったため神が怒った。落雷と鬼火で多くの人が病死し、斉明帝も崩御した。その葬列を、朝倉山の上から大笠を着けた鬼(蘇我入鹿の怨霊)が、じっと見つめていた…………これが国家公認の歴史書・日本書紀による、中大兄皇子と大海人皇子の母親・斉明帝の死の説明である。しかし真相は、朝鮮出兵に気乗りしない斉明に苛立った中大兄の謀略だったのだ!百済の新王となった豊璋を助けるべく、中大兄皇子率いる日本軍は……!?
古代最大の内乱“壬申の乱”は、大海人皇子(天武天皇)の勝利に終わった。しかし藤原鎌足の末裔が、天武帝崩御後、力を伸ばす。藤原四兄弟は妹・光明子を皇后の座に着け、天下を牛耳ったも同然だったが、突然、四人とも病死する。これは蘇我入鹿の祟りだ!!恐れおののく光明皇后にこう宣言したのが怪僧・行信だった。行信は入鹿の祟りを封じ込めるべく、様々な手を打っていく。“聖徳太子”という名を贈り、生前の名誉を回復させるが、祟りは治まらない。とうとう命を懸けて、行信は最後の手段を!?運命の兄弟喧嘩、驚天動地のラスト!!