答えはいつだって、間(あいだ)にある。「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」―――チャールズ・チャップリン迫る東京・吉祥寺シアターでの合同公演。陽太はその作・演出に選ばれる。「世界をひっくり返すこと」それ自体が喜劇だ、と先生は言った。この台本で、演劇で、世界は救えるのか。この真剣に、意味はあるのか。答えを見つけて帰ればきっと、とんでもない出会いが待っている。それは例えば、ひどく芸術的な。
演劇で、世界を変える。「ひとりの人間がなにもない空間を歩いて横切る、もうひとりの人間がそれを見つめる」――ピーター・ブルック演劇とはなんだろう? 演じるって? 自分のことすらよくわかってないのに、他の誰かの生を演じることなんてできるの? わからないから、演じる。わかりたいから、演じる。
わかりあえないから、わかちあう「この世界はすべてが舞台。人はみな役者にすぎない。」―――ウィリアム・シェイクスピア陽太と村岡の紡ぐ初舞台の幕が上がる。生徒たちは、教室という名の劇場に入り、観客となる。彼らが教室を出る時、世界は僅かでも変わったか?どうだろう。だけど一人の青年の、運命は少し変わったみたいだ。
生きるべきか死ぬべきか、それが、問題だ。「善人を演じるならば、彼の中の悪人を探せ。悪人を演じるならば、彼の中の善人を探せ。」―――コンスタンチン・スタニスラフスキー道東演劇祭がはじまる。各校の生徒たちがこの数ヶ月積み上げてきたものが、たった一時間で跡形もなくなる。でも実はたくさんのものが残る。それは観客たちの心の中に、そしてそれ以上に上演した生徒たちの心の中に。そして好敵手は良き友になる。でも、恋人にはなれるのだろうか?
「世界をぶん殴る」高校演劇漫画、完結。「運命を握るのは星ではなく、自分自身である。」―――ウィリアム・シェイクスピア(『ジュリアス・シーザー』第1幕第2場)全道演劇大会が始まった。ぶつかり合う学生たちの日々の結晶。陽太が書き、村岡が演じる。母が、震災が、舞台へと喚ばれ戻る。気づけばすっかり一人じゃなかった。誰かが勝つ。誰かが負ける。開いた幕はいつか降りる。でも、それでいい。青春も、幕が降りるから尊いんだ。