主人公は、首都スコピエから20キロほど離れた、電気も水道もない故郷の谷で、寝たきりの盲目の老母と暮らすヨーロッパ最後の自然養蜂家の女性。「半分はわたしに、半分はあなたに」それが持続可能な生活と自然を守るための信条。しかし、彼女の平和な生活は、エンジン音とともに7人の子供と牛たちを引き連れてきた一家の襲来で激変する…。
令和元年夏、参議院選挙でさまざまな候補者を擁立したことも話題となったれいわ新選組から、女性装の東大教授として知られる安冨歩が比例代表候補として参院選に出馬した。「子どもを守り未来を守る」のスローガンを掲げて、全国遊説の旅に出た安冨を中心に10人の個性豊かな候補者たちの姿に原監督のカメラが鋭く迫っていく。
石垣島で暮らす玉木玉代おばあは、米寿のお祝いの日を迎えようとしていた。誕生会に集まる予定の親戚はその数、100名超。1930年代、日本統治下の台湾から石垣島へと移り住んだ彼女がこの歳を迎えるまで、第二次世界大戦・台湾解放・沖縄本土復帰と、東アジアは激動の時を歩んできた。台湾人とも日本人とも認められず、国籍をもたない移民として、絶えず不安に晒された彼女だけでなく、台湾移民2世として常にアイデンティティの問題に直面せねばならなかった子供たちの人生――玉代おばあの“最後の里帰り”を通じて、一筋縄ではいかない玉木家の歴史が紐解かれてゆく。
13才の時に広島にて被爆し、300数名もの学友を瞬時に亡くしたサーロー節子。カナダ人と結婚して、トロントに在住する平和活動家であるサーロー節子を4年間密着取材して製作したドキュメンタリー。本ドキュメンタリーは、ニューヨーク国連本部で5年ごとに開催されるNPT(核不拡散条約)会議が開催された2015年に撮影開始された。被爆70周年にあたり、またサーロー節子が個人としてノーベル平和賞にノミネートされた年でもあった。ニューヨークに40年在住する竹内道は、被爆体験を証言するためにニューヨーク市内の高校を訪問していたサーロー節子に偶然出会う。広島女学院高校の先輩、後輩であることがわかり、二人の間には、長年海外に在住する日本人同士としての親しみが生まれてる。節子に励まされて道は自分の家族の被爆の歴史に目を向け始め、祖父や母の語らなかった体験を少しずつ発見していく。2017年の12月、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)はノーベル平和賞を受賞した。凍るように寒いオスロでの授賞式には、ICANの一人として、そして何十万の被爆者の声を代表して受賞スピーチを一語一語力強く訴えかける節子の姿があった。説得力のある節子の選ぶ一つ一つの言葉の背後には、命を失った最愛の家族や級友達への誓いがあるのだった。
「全米で最も惨めな町」イリノイ州ロックフォードに暮らすキアー、ザック、ビンの3人は貧しく暴力的な家庭から逃れるようにスケートボードにのめり込んでいた。スケート仲間は彼らにとっての唯一の居場所で、もう一つの家族だった。そんな彼らも大人になるにつれ、さまざまな現実に直面し段々と道を違えていく。カメラは、明るく見える彼らの暗い過去、葛藤を抱える彼らの思わぬ一面を露わにしていく――。
2015年8月結成。翌年4月に『サイレントマジョリティー』で鮮烈なデビューを飾った欅坂46。強烈なメッセージ性が込められた歌詞の世界観を、独創的なクリエイティビティと圧倒的なパフォーマンスで表現して、瞬く間に日本中を熱狂させた。2019年9月に初の東京ドーム公演2daysを成功させて迎えた2020年。絶対的なセンターだった平手友梨奈が突然脱退――。そんな激動の中で4月6日にデビュー4周年を控える2020年、グループとして初めてのドキュメンタリー映画が誕生した。これは、アイドルという枠には収まらない“表現者”たちの伝記映画であり、純粋でエモーショナルな音楽映画である。美しい映像と迫力のある音楽、そして予定調和をことごとく崩していく彼女たちの物語を最後まで見届けてほしい。
主宰する<文学伝習所>の生徒が書いた小説を、舌鋒鋭く批判する。その生徒たちや親友の埴谷雄高らと自宅の応接間で酒席を催す。旅回りの芸人に扮し、<津軽海峡冬景色>に乗って舞台でストリップを披露する。文壇バーでピアノの鍵盤を叩き躍る――作家・井上光晴のそんな姿を、映画は点描してゆく。そして伝習所に通う女生徒たちは、頬を紅潮させながら、「先生」とのアバンチュールを仄めかす……。かかりつけ医から勧められ井上は、東大病院外科の門を叩く。診察室でレントゲン写真を指し示しながら医師は、井上がS字結腸ガンであると告知する。それでも井上は文学伝習所の講義や講演で全国各地を回り、野間宏と「部落解放文学賞」の選考に当たる。そして幼少時を過ごしたという佐世保の元炭鉱町・崎戸を訪れるなど忙しい日々を送っている。ふたたび井上は、東大病院で検査を受ける。ガンはさらに進行していた。1/4だけ肝臓を残し、患部を摘出する手術を提案する担当医師。井上は手術を受けることを決める。手術当日、開口された井上の腹からガン細胞に冒された肝臓が、手際よく摘出されてゆく。病後の経過を確認するため、井上光晴の病室を訊ねる医師。井上の腹部を縦に貫く縫合の跡が痛ましい。親友・埴谷雄高、元恋人の瀬戸内寂聴が、病床の井上の見舞いに訪れる。 生前に井上が墨書した島の地図を手に原は、井上の故郷・崎戸に向かう。炭鉱夫に給料が支払われる「受け銭」の日。色鮮やかなチョゴリで身を飾り、鉦や太鼓で踊りながら海辺を練り歩く、韓国人の娼婦たち。その一人が初恋の相手である。あるいは早くに父親を亡くし、極貧の少年時代を過ごした。井上の親戚縁者に取材し、戸籍謄本にまであたる。調査が進むに従ってこれらの井上のことばの真偽、さらに“嘘から出たまこと”の在り処が明らかになってゆく。
兵庫県神戸市兵庫区荒田町。色褪せたジャンパーを着た中年男が、シャッターを上げていた。看板には“キケン”なメッセージがびっしり、大書されている。バッテリー・中古車修理店店長にして“天皇にパチンコ玉を撃った男”奥崎謙三の登場である。 兵庫県養父町。太田垣家の婚礼、媒酌人を務める奥崎が、居並ぶ親類縁者・長老達の前で祝辞を述べる。「花婿ならびに媒酌人、共に反体制活動をした前科者であるがゆえに実現した、類稀なる結婚式でございます」天皇誕生日当日。「神軍平等兵奥崎謙三」「田中角栄を殺すために記す」「ヤマザキ、天皇を撃て!」「捨身即救身」……奥崎の物騒な宣伝車は公安によって行く手を阻まれる。車に立てこもって演説をぶつ奥崎。「自宅屋上に独居房を作ろう」。そう思い付いた奥崎は、その実寸を測るため、神戸拘置所に向かう。静止する職員を罵倒する奥崎。「ロボットみたいな顔しやがって!」「人間ならば腹立ててみよ!」 喪服の黒いスーツ姿に正装した奥崎は、ニューギニアで亡くなった元独立工第36連隊の戦友達の慰霊に出発する。“神軍”の旗をなびかせて疾駆する街宣車。広島・江田島町。同年兵・島本一等兵の墓前で、島本の母・イセコをニューギニアにお連れすると約束する奥崎。兵庫県浜坂町に、ジャングルで餓死した山崎上等兵、次いで南淡町に、毒矢で狂死した田中軍曹、と奥崎の慰霊行脚は続く。 終戦から23日後、36連隊ウェワク残留隊内で隊長・古清水による2名の部下銃殺事件が起こった。その真相究明のため奥崎は、かつての上官たちの家を次々、アポなしで襲撃してゆく。その追求の果てに“究極の禁忌(タブー)”が日々の営みの一部となっていた戦場の狂気が、生々しく証言されることになる――。
全裸の臨月の女性が、こちらを真っ直ぐ見ている。今は「元妻」となった武田美由紀を、正面・背中、そして横から捉えた、原一男によるスチール写真だ。原は返還前後の沖縄に降り立ち、武田を訪ねる。彼女は「すが子」と呼ばれる女と暮らしていた。「何も言えんのか」「テメエの事も分からんのか。はっきりしないじゃないか。何で嫌気さしたんか」「うるせえクソガキ」ひたすらすが子を罵倒する、武田の姿がそこにはあった。原の訪問が決定的な亀裂を走らせたのか、二人の生活は終わりを迎える。在沖縄米軍基地から解放された黒人たちが陽気に踊る<バー銀座>。そこに、見事なアフロヘアに長くてカールしたつけまつ毛の14歳の少女・チチがいる。彼女は黒人との子どもを妊娠していた。武田は言う。「解放感より戦慄感の方がずっと強い。私生児に徹しきるよ、野性児にするぞ。そんなガキがいいさ」「これは二年前からの約束だけど、私がひとり出産するところを原くん、フィルム撮っといてね。アンタに出産の場面を見せたいのさ」そう武田は言い放つ。東京に戻った原のもとに、武田からの手紙が届く。沖縄の男との子どもを妊娠しているという。原はふたたび沖縄に飛んだ。武田はすでに沖縄の男と別れ、ポールという黒人GIと同棲していた。男性による女性支配への反発、ポールへの不満を並べ立てる武田を前に、原はいら立ちを隠せない。「じゃあ要するにポールって人間が、好きなんだな?それならなんでそこに、黒人って問題が出てくるんだよ!!」「じゃあポールとの間に、白いガキが生れてくるか!!」武田にマイクを向けながら、原は泣いてしまう。その姿を見た武田は言う。「……なんで泣く?」現在の恋人・小林佐智子と一緒に原は、三度目の沖縄へ向かう。「武田さんとちゃんと対峙できなかったら、私はイヤなわけ」マイクを持ちながら小林はそう、武田に宣言する。「口だけは上手いからね、この男は」「アンタだけじゃないのに、これ(原)が寝た女は」「これと一緒に仕事することは、出来ないね」「まあいま惚れているアンタには、分かんないね」武田は原のダメさを列挙する。白いシーツの上で、武田が喘いでいる。カメラをかついだ原は腰を動かしながら、行為のさ中の彼女の表情を、撮りつづける。ゆっくり上下するカメラ――呆けた表情でカメラを、すなわち原に注がれた眼差しが、美しい。武田は沖縄を去ることを決めた。沖縄への想いを綴ったビラをAサインの女に配りたい。そう考えた武田は幼な子・零の手を引き、夜のコザを歩く。沖縄を離れる日がやってきた。武田は零を抱きフェリーに乗っている。錨が上がる、汽笛が鳴る、島が遠ざかってゆく。甲板で潮風に吹かれる母子。東京の原のアパート。いよいよ自力出産に臨む武田を、陣痛の波が襲う。畳の上にビニールと新聞紙が敷かれている。そして、あらたな命がこの世界にゆっくりと、誕生を告げる――。
車椅子から降りたCP者・横田弘が、自室を出て団地の外廊下をイザッて歩き始めた。団地から外に出ると、低い位置で進む横田の目を、まばゆい陽光が射抜く。大通りの横断歩道を四つん這いで渡ってゆく横田。不随意運動する首、四肢を使って、その姿はまるで喘いでいるようだ。信号が赤に変わり、横田の後ろを何台もの車が走りぬけてゆく。「怖かったよ」と告白する横田。その傍らで同じCP者である横塚晃一は、横田の冒険の始まりを撮影していた。カメラを持つその手は不自然に、くねるように曲がっている……。他者の視線のない場所から健全者たちの街頭へ、二人は飛び出した。横田・横塚が所属する「青い芝の会神奈川県連合会」メンバーたちは駅前でマイクを手に、脳性マヒ者の権利を主張する。その活動を支援する募金を投じる主婦・サラリーマン・あどけない子どもたち……。「なぜ募金をしたのですか?」原のインタビューに人々は答える。「私たちは五体満足だから、気の毒だなと思って」「先祖のお墓参りに行ってきた帰りだから」横田の自宅で酒を交わしながら、メンバーたちの赤裸々な性体験が語られる。「一回目は上手くいかなかった」「吉原に行って」「レイプみたいなもんだよね」。横田の乗った電車が駅に到着する。下車しようと戸口に向かい懸命に膝でイザる横田は、ホームへと転落してしまう。横田の自宅。青い芝の会メンバーたちの間で、議論が白熱している。これ以上の撮影は拒否するという横田を、メンバーたちは攻め立てる。そもそもこの映画の撮影自体に反対していた横田の妻の怒りが爆発する。彼女はカメラの向こうの原を罵倒する。新宿西口・地下構内。四肢と首を溺れるように、踊るように揺らしながら、横田はイザってゆく。メガネが落ちる、拾う、イザる。メガネが落ちる、拾う…… 週末で賑わう新宿の歩行者天国。チョークを手にした横田は、健全者の人垣にぐるりを囲まれている。横田は不自由な手でアスファルトに文字を、障害者である自身の“肉体の表現”を、刻み付けるのだった。
「私を日本人と認めてほしい!」「私は日本人。でも言葉が分からないの!」――戦争という名の国策によって、生まれながらにして苦難の道を歩むことを強いられた人たちがいる。戦後75年、日本政府はフィリピンと中国の残留邦人に救済の手を差し伸べるのか?“日本という国の今”を浮き彫りにする、渾身のドキュメンタリー!太平洋戦争以前、フィリピンには3万人が暮らす豊かな日本人移民社会があった。敗戦後、米軍の強制送還によって日本人の父親と生き別れたことから生まれた“フィリピン残留日本人”たちは、今も無国籍状態に苦しんでいる。中国東北地方の日本の植民地・満州国には、敗戦によって置き去りにされた“中国残留孤児”がいた。彼らは1972年の日中国交正常化を境に30余年を経て日本へ帰国するも、言葉の壁による差別と貧困の果てに、日本政府の責任を追及する集団訴訟を起こすに至る。2つの国の残留者たちと彼らを支援する人々の姿に迫った『日本人の忘れもの』は、残留問題を社会に伝えるためだけの映画ではなく、本来は残留邦人を救済する責任がある日本政府に向けた告発映画でもある。本作は終戦75年目の2020年夏、ポレポレ東中野をはじめ、全国主要都市で公開され、平和・協同ジャーナリスト基金賞2020奨励賞に輝いた。監督の小原浩靖は、TV-CMを中心に700本以上の作品を手がけ、映文連アワード コーポレート・コミュニケーション部門優秀賞などを受賞してきたベテラン。広告映像で培った平易な語り口と構成力で問題の本質を明確にあぶり出し、消滅させてはならない戦争被害者たちの声を可視化した。重厚なテーマながら、残留邦人たちの苦しみに寄り添い、包み込むような元NHKアナウンサー加賀美幸子のナレーションが、優しい余韻を残す。
今まさに失われようとしている古来から唄い継がれてきた歌と、それを伝える人々の姿を記録した鮮烈なドキュメンタリー!!沖縄県宮古島には、沖縄民謡とは異なる、知られざる歌がある。「古謡(アーグ)」と「神歌(かみうた)」がそれだ。厳しい暮らしや神への信仰などから生まれた歌は、宮古諸島に点在する村々でひっそりと唄い継がれ、特に“御嶽(うたき)”と呼ばれる霊場での神事で唄われる「神歌」は、喜びと畏敬の念をもって、何世紀にもわたり口伝されてきた。全ては音楽家の久保田麻琴が宮古島でこうした歌に出会い、この貴重な歌たちが絶滅の危機に瀕していることを知ったことから始まる。本作は、歌を唄い継ぐ人々の暮らしを追うなかで、神と自然への畏れ、そして生きることの希望を見出したドキュメンタリーである。神事の火は数世紀にもわたって人から人へと受け継がれ、神女(ツカサンマ)たちは、生きることへの願いと共に「神歌」を捧げる。90歳を超えた老婆たちが東京へと渡り、コンサートホールを埋め尽くした観客を前に力を振り絞って「神歌」を唄う。監督の大西功一は、秘められた島の神事を追い、生きることと信仰と歌がひとつだった時代を知る老人たちと寄り添い、いまだ原初の生の姿が残る奇跡の島・ミャークを鮮やかに投影した。沖縄県宮古島―ミャーク。これほどまでに豊かな世界があったことへの衝撃、そして不思議な懐かしさがわたしたちの胸を打つ。
希望に満ちた緑のオアシスには、清流のせせらぎとともに響き渡る鳥たちのさえずり、広大な大地を駆け抜け自由を謳歌する動物たちの姿があった―。神秘的なフィンランドの森に生きる動植物の春夏秋冬を通して、いのちを繋ぐ壮大な旅をドラマチックに描くとともに、現代社会に生きる私たちに緑の重要性を父が子どもに優しく問いかけ、自然と共生することの大切さを優しく教えてくれるネイチャー・ドキュメンタリー。
「こいつ、プロレスやって大丈夫か?」「今まであんな人いなかった」「焦ってる」「根性だけはある」「二重人格」「キライです」――安川惡斗に寄せられる仲間たちからの言葉。カメラは、顔にペイントを施し、“悪の女優魂”をキャッチフレーズでリングに上がる彼女の、秘められた素顔に迫っていく。自身の口から語られる中学時代のいじめ、レイプ、自殺未遂。人生を諦めかけていた時、1人の医師からの言葉に救われ、東京で出会った演劇と女子プロレスによって、彼女は再生の道を歩み出す。ヒール=悪役レスラーとして活躍を始めた彼女だったが、相次ぐケガに見舞われ、思いもよらぬ病にも襲われる。そして、世間を騒がせることとなった壮絶な喧嘩マッチの末の「顔面崩壊事件」…。傷つき、何度となく倒れても歩みを止めず、“がむしゃら”に生きている彼女の姿と言葉の一つ一つは、未来に希望を持てずに閉塞感を感じている人々に、感動と勇気を与えてくれるだろう。
2003年、官僚を辞め、家族の猛反対を押し切って出馬した衆議院選挙。「政治家を笑っているうちはこの国は絶対に変わらない」と真っすぐに語る小川に惹かれ、撮影を始める。2009年に政権交代を果たすと「日本の政治は変わります」と目を輝かせた小川。しかし、安倍政権が始まると、その表情は苦悩に満ちていく。弱い野党の中でも出世できず、家族も「政治家には向いていないのでは」と本音を漏らす。そして2017年の総選挙では、まさかのドタバタ劇に巻き込まれていく…
これは名物社長のサクセスストーリーでもないし、ありふれた感動巨編でもない。苛烈な人生を全身全霊で生きるひとりの男にダイレクトに迫り、そのプリズム状の生命の光を浴びるように体験する映画だ。なぜ、彼はこんなにも多くの人を惹きつけるのか――。
日本人の主食「米」と向き合い、目に見えない菌と闘い、理想の一献を目指す。現代を生き抜く能登杜氏たちの、酒造りへのこだわりと、挑み続ける理由とは……。 石川県能登半島を出身とする酒造りの技能集団「能登杜氏」。そんな彼らの夏はというと、漁業や農業に勤しみ、自然と共に暮らす姿がありました。酒造りとは、農閑期となる冬、現金稼ぎのため仕事を求め働きに出たことが始まりだったのです。家族と離れ、辛く厳しい現場で、蔵全体の行く末を左右するほどの責任が課せられるたった一人の選ばれし「杜氏」というポジション。その昔、酒を腐らせ自殺する者もいたと言います。 全国の杜氏集団の中でも、現在の吟醸酒の礎を築いた有名杜氏たち四人衆。「能登杜氏四天王」。彼らが築き遺したもの、それは後輩杜氏の中に息づいていました。 四人全員を師とする現役トップ杜氏、坂口幸夫杜氏と家修杜氏。そして、その下に続く、若手杜氏たち六人。その中には、能登杜氏始まって以来の初の女性杜氏のデビュー一年目の姿や、先輩の大きすぎる背中に追いつけないジレンマの中にある者も。
「2、30センチの小さな布ですよ。あれどこだったのかなぁ…」正倉院かどこかの博物館で見かけた小さな布との出会い。それは、「木版染め」といって、あまりの手間から皆が手放した「最古の型染め技法」でした。以来、その魅力にとりつかれた職人は、数十年の中で技術を確立させ、今日もまた無地の反物を前に、一押し一押し版木で地道に染め重ねていきます。それはまるで、それまでの人生を映し出すかの様な作業。そしていつしか無数の桜の花びらをまとった反物は、一気に着物へと仕立てられていくのでした。
『守り継がれていくものがここにある』“手塩にかける”の語源とも言われる「揚げ浜式製塩」は、石川県能登半島の最北部「奥能登」で江戸時代から一度も途切れることなく続けられてきた。真夏の炎天下、汗だくの浜作業は、天気に左右される力仕事で、続く釜焚きは薪に火が灯れば摂氏60度にもなる釜屋で一昼夜寝ずの作業となる。日本の高度成長を陰で支えた大量生産による現代日本の製塩技法が確立した今、それでも浜士と呼ばれる男たちが、手づくりの塩にこだわり、日夜塩づくりに励む意味とは……。
生まれつき目が見えないイーちゃん。本名、小長谷唯織(こながやいおり)さんは20年前、県立静岡盲学校で白い杖の使い方や点字など、視覚障がい者として生きる基本を学んでいた。触って、なめて、においを嗅いで。目が見えない世界は想像を超える発見があった。だが成長するにつれ「なぜ自分だけ違うのか」「見えるとはどういうことなのか」不思議に思うようになる。そして、大勢友達がいた地元・焼津の保育園とは違い、同級生がいないさみしさを実感する。障がいを持った者同士、分かり合えると信じ、中学生になったイーちゃんは、東京の盲学校へ進学した。しかし、ここで経験したのは、いじめ。大好きなピアノで気持ちを整理しようとするが、心が追いつかなかった。「現実から逃げないでほしい」と厳しく接する母。ピアニスト、歌手、作家…夢も破れ、何もかも嫌になった。障がいがあろうがなかろうが悩みは同じだ。「学校にいてもつらい。家にいてもつらいなら死んだ方がいい」とも考えた。でも―そばにはいつも2歳下の弟・息吹(いぶき)がいた。重度の障がいで、食べることも歩くこともトイレにも1人ではいけない弟。入退院を繰り返し、手術を何度経験しても乗り越え、前に進む弟。イーちゃんは、自分の甘さに気づき、自殺を踏み止まる。「私の弟だから強いんだ!」障がい者が生き、働く。壁はいくつも乗り越えなければならない―しかし、乗り越えようとする強さがあれば、必ず幸せはやってくる。
なぜ一握りの富裕層だけがますます富んでゆく一方で、大多数の人々は、非正規雇用に甘んじ、保障も手当てもなく、新型コロナのような災害が起これば最初にしわ寄せがゆく弱者へと落ちこぼれてゆくのか? それを防ぐために政治が、社会が出来ることはなにか?そんな核心的なテーマを軸に、戦後の高度成長、バブル崩壊、リーマンショックの真相までも分かりやすく描く。「ウォール街」「プライドと偏見」「エリジウム」「ザ・シンプソンズ」など、時代を映す鏡である数々の映画やアニメのシーンを巧みに引用し、五感に訴えかけてゆく。いよいよ混迷するこれからの時代をわたしたちはどう生きるべきか――?「21世紀の資本」原作者のピケティを始め、ノーベル経済学受賞ジョセフ・E・スティグリッツ、イアン・ブレマー、フランシス・フクヤマほか世界をリードする学者が集結、資本主義の知られざる真実を暴いてゆく……。
その類稀なるギター演奏と甘美な歌声で、世界を魅了したボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルト。10年以上、公の場に姿を現していない彼に会いたい一心で、ドイツ人作家とフランス人監督が時空を超えてリオの街をさまよい歩く。果たしてジョアンは姿を現してくれるのだろうか…?
1961年9月。国連事務総長ダグ・ハマーショルドを乗せた専用機が謎の墜落し、乗員全員が死亡。長らく未解決になっていた未解決事件がマッツ・ブリュガー監督と調査員ヨーラン・ビョークダールという2人の男の調査で急展開。事件の裏に隠された巨大な陰謀とは?暗殺部隊、ウィルス兵器、人体実験・・・。必見の殺人ミステリー
2019年10月28日、監督・片渕須直は東京国際映画祭のレッドカーペットを、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の主演女優のんと歩いている。2016年11月に始まった映画『この世界の片隅に』の公開からの約3年。そこには、日本全国で行われた数多くの舞台挨拶、海外の映画祭への参加、そして『さらにいくつもの片隅に』完成に向けて、徹底的なリサーチと圧倒的なこだわりを持ってアニメーション制作に臨む監督の姿があった。
頭はオオカミ、身体は人間という究極の生命体5匹からなるロックバンド「MAN WITH A MISSION」。2010年に突如、音楽シーンに登場し、日本武道館、全国アリーナツアー、さらには阪神甲子園球場でのワンマンライブを即日SOLD OUTという偉業をさらっと成し遂げる怒涛の快進撃! その活動範囲は国内のみならず海外へ。そんな狼たちの生態を10年間追い続けたアメリカ人ジャーナリスト「カール・クーパー」。彼は2010年に単身来日して以降、魅了されてやまないMAN WITH A MISSIONを追いかけ続けていた。そして2019年、秘密兵器・狼専用翻訳機「ガウトーク」を手にしたカールは初めて密着取材を許され、メンバーや関係者へのインタビューを敢行。その後もレコーディング、ライブなどに潜入取材し記録を重ねていった。2020年、その男の執念のドキュメンタリーフィルムが公開されることに!!!遂に明らかとなる、MAN WITH A MISSIONの真の姿とは?!
米オレゴン州に住む女性ジュリー・キースがスーパーで購入した「中国製」のハロウィーンの飾りの箱に忍び込まんだSOSの手紙。それは、政治犯として捕らえられた孫毅(スン・イ)が、中国でも悪名高い馬三家(マサンジャ)労働教養所の中で書いたものだった。8000キロ以上の旅を経てクシャクシャになった紙には、信念のために収監され、拷問・洗脳されている実態が事細かに記されていた。このメッセージは次々と広まり、中国の労働教養所制度を閉鎖させるまでに至った。しかし、これでストーリーは終わらなかった……。2012年、米オレゴン州で見つかった中国からのSOSの手紙が国際的なトップニュースになった。中国系カナダ人監督レオン・リーは、この事件に関心を抱き、中国の活動家らとの独自のネットワークを通して、その手紙の主であるとの接触に成功。ふたりはスカイプ上で連絡を取り合い、当局の圧力に苦しみながらも製作。本作は想像を絶する実態を明らかにし、世界中の映画祭で高く評価された。現在、頻繁に報道されるウイグル自治区の再教育施設の問題などとも重なるだろう。
本作は、シド・ヴィシャスと恋人ナンシー・スパンゲンの壮絶に散った短い生涯に迫ったドキュメンタリー。幼少期から出逢い、そして衝撃的な最期まで、初公開となる数々の映像や写真、親交を持ったアーティスト達の証言によって、二人の破壊的な生きざまが綴られる。誰一人引き離すことの出来なかったシドとナンシーの関係は1978年、二人が住んでいたニューヨーク・チェルシーホテルの100号室でナンシーの死体が発見され、シドが容疑者として逮捕される、という悲劇的な最後を迎えた。未だ謎の多いこの事件について、その直前まで一緒に過ごした友人や目撃者を通じその真相にも切り込んでいく。
熱くなったサウナストーンに水がかけられ、ジュワっという音とともに、サウナにロウリュ(蒸気)が立ち上がる。ロウリュに包まれながら、フィンランドの男たちは語り始める。継父からの虐待、犯罪歴のある昔の自分、離れ離れになった娘・・・これまで話すことができなかった人生の悩みや苦しみ。子どもが生まれた喜び、かけがえのない“親友”との友情、老いてからの出逢い・・・じんわりと伝わってくる大切な人への想い。ロウリュはやさしく男たちの心を溶かし、絆を深めていく。
東京をホームタウンとするJ1サッカークラブ「FC東京」の2015シーズンを追ったドキュメンタリー。東京・調布市の味の素スタジアムを拠点に活動するFC東京。人口約1300万人を抱える東京には、FC東京を心から愛する熱狂的なサポーターもいれば、サッカーにすら興味のない人も数多く存在する。そんな環境の中で誇りを持って戦い続ける選手たちやクラブのメンバー、サポーターたちに密着し、激動のシーズンを振り返る。
韓国デビュー(2007年)から12年間“超新星”で活動してきた6人は、2018年、衝撃の改名をした、、、 日本デビュー後、華々しい活躍をみせが2011年以降メンバーそれぞれが異なる時期に、韓国男子における軍隊への入除隊を繰り返し、2018年満を持してメンバー全員が活動再開することとなるが、所属事務所契約満了につき退所。 新たなスタートを切ることを決断したが、6人揃ってのグループの再始動は、簡単なものではなかった、、、
「価値観も感覚も大きく違うお年寄りと若者は、お互いの心に寄り添うことができるのか?」をテーマに、「幸福の科学学園」、「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)」、「エンゼルプラン」、「サクセスNo.1」、「スター養成スクール」などを取材。超高齢化社会において、人々は世代を超えて寄り添って生きることが可能なのか?お年寄りや若者にとっての幸福とは何か?死とは何か?生とは何か?等に触れながら、「霊的人生観」という、これからの時代の重要なキーワードに迫っていく。
2015年11月13日金曜日に起きたパリ同時多発テロ事件。現場のひとつとなったバタクラン劇場で、会場を埋め尽くし音楽に熱狂する観客たちが過激派に襲撃されたその時、ステージ上からその光景を目撃したのがバンド“イーグルス・オブ・デスメタル”だった。凄惨な現場から必死に逃れたものの、89名もの観客と仲間の命が奪われてしまう。特にボーカル・ジェシーの精神的ショックは大きなものだった。だが事件から3か月後。バンドは中断されたライブを最後までやり遂げるために、再びパリのステージに立つことを選択する。彼らの苦悩と葛藤は計り知れないものであったが、それでも復活できた理由とは。音楽の持つ力、人と人との絆の尊さに改めて気づかされる、真実の物語。監督はトム・ハンクスの息子で、バンドの友人であるコリン・ハンクス。
2015年1月29日の夜明け前、モデル「雅子」は稀少がん闘病の末に旅立った。そのとき、夫である大岡大介は「夫婦として共に生きながら、モデルとしての雅子をほとんど知らないまま」だったことに気づく。自宅に積まれたままの「雅子」が登場した雑誌やビデオなどを片っ端から調べ、衝動のままに「雅子」を知る人々に、監督としてインタビューを重ねてゆく。数多くの関係者の言葉から、生涯プロフェッショナルのモデルとして貫き通した姿勢と、どんな時代も「身の丈の美しさ」を追求し続けた、一人の女性としての「雅子」の輪郭があらためて浮かび上がる。
「ザ・カーライル」は1泊最高200万円もする超高級ホテル。英国王室や米大統領、映画スターなど極上のセレブたちの定宿。『ハンナとその姉妹』(87)などのロケ地として知られ、ウディ・アレンは、カフェ・カーライルで週に1度クラリネットを演奏している。一方、名物コンシェルジュのドワイトは、吃音症を抱えながら36年間カーライルを支えてきた。上品で温かい接客は宿泊客からもスタッフからも愛されている。スタッフのおもてなしの心意気は、失われつつある人間の豊かさを教えてくれる。
オリーブ生産高世界一を誇るスペイン、アンダルシア州ハエン県のオリーブオイルの若き生産者たちを捉えたドキュメンタリー。ローマ皇帝にオリーブを献上する農地として、世界最大のオリーブ生産高を誇る地域へと発展したハエン県。しかし大量生産ばかりを追い求めてきた結果、エキストラ・バージン・オリーブオイルが持つ最高の「質」は置き去りにされ、近年になってようやく、若き起業家たちが最高のオリーブと称される「ピクアル種」を使用した究極のオリーブオイルを作り出すことに成功した。若い世代に代替わりした生産者たちの先鋭的な挑戦を生き生きと描き出すとともに、オリーブオイル革命を見守るシェフたちと革命に敏感に反応する起業家、そして消費者の視点から、オリーブオイルが秘めた大きな可能性を伝える。監督はスペインのベテランドキュメンタリー作家ホセ・ルイス・ロペス=リナーレがメガホン。
親を失くした子どもたちは、ブロードウェイの舞台へ。歌うこと、踊ることが、こんなにもうれしい。エイズで親を失くしたアフリカの子どもたちと、津波に親を奪われた東北の子どもたち。その出会いは、運命的だった。子どもたちは互いの悲しみを共有し、言葉や文化の違いを乗り越え、力を合わせて歌や演奏、踊りの練習に打ち込んでいく。彼らは奇跡的な成長を見せ、悲しみに濡れていたその瞳にも輝きが灯り始めた。やがて、舞台の幕が上がる日。はたして、子どもたちの受け取る〈シンプル・ギフト〉とは?
蔓延するフェイクニュースやメディアの自主規制。民主主義を踏みにじる様な官邸の横暴、忖度に走る官僚たち、そしてそれを平然と見過ごす一部を除く報道メディア。そんな中、既存メディアからは異端視されながらもさまざまな圧力にも屈せず、官邸記者会見で鋭い質問を投げかける東京新聞社会部記者・望月衣塑子。果たして彼女は特別なのか?そんな彼女を追うことで映し出される、現代日本やメディアが抱える問題点の数々。本作の監督を務めるのは、オウム真理教の本質に迫った『A』『A2』、ゴーストライター騒動の渦中にあった佐村河内守を題材にした『FAKE』などで知られる映画監督で作家の森達也。この国の民主主義は本当に形だけでいいのか、メディアはどう立ち向かうべきか。森監督の真骨頂ともいえる新たな手法で、日本社会が抱える同調圧力や忖度の正体を暴きだす。菅官房長官や前川喜平、籠池夫妻など、ここ数年でよくメディアに登場した渦中の人間が続々と登場し、これまでの報道では観られなかった素顔をも映し出す。報道では決して映し出されない、現代日本の真の姿。既存の社会派ドキュメンタリーとは一線を画する、新たな社会意識をもった前代未聞のドキュメンタリーが誕生した。
1982年にウェザー・リポートを脱退したのち、ドラッグに溺れ、精神病院に入れられ、アパートを追い出されて路上生活を送ることとなる。そして、最終的にはクラブのバウンサーとの乱闘の末、昏睡状態に陥り、そのまま1987年に35歳の若さで戻らぬ人となった。本作は、彼の身近にいた人たち、彼を尊敬するアーティスト、彼の家族や友人からのインタビューを通じて、今まで知られていなかった彼の本当の姿を明らかにする。
2017年のニューヨーク。秋のサザビーズ・オークションまで6週間―。オークショニアのカペラッツォは意欲にあふれ、有力コレクターたちもざわめきだす。だが作品が出品され高値が予想されるゲルハルト・リヒターは複雑な様子だ。成功を収めるジェフ・クーンズ、世間から忘れられたラリー・プーンズらのアーティストも、アート市場にそれぞれの意見をもっている。一方で、評論家はアートの商品化を憂い、ギャラリストは市場の行く末を案じるが…。そんな彼らをよそに、アートバブルはとどまることを知らない。そして迎えるオークション当日、アートの“価値”は本当に決まるのか…?
オーストラリアで誕生したプロのサイクリング・ロードレースチーム、“グリーンエッジ“に密着したスポーツドキュメンタリー。 チーム発足から5年に渡ってメンバーを追い、さまざまな困難に見舞われながらも、彼らが栄光を手にするまでの軌跡を見つめる。
経済破綻状態にあった1970年代のイギリス。市民が抱く不安と不満は、第二次大戦後に増加した移民たちへ転嫁されていった。街は暴力であふれかえり、黒人やアジア人が襲われた。そんな中、レッド・ソーンダズを中心に数人の仲間たちで発足された“ロック・アゲインスト・レイシズム” 略称RARは、差別の撤廃を主張し、雑誌を自費出版して抗議活動を始め、やがてザ・クラッシュをはじめ、トム・ロビンソン、スティール・パルス等の音楽と結びつき、支持されていく。1978年4月30日にはRARが決行した約10万人による大規模なデモ行進と音楽フェスが開催された。わずかな若者たちから始まり、時代を動かす程の運動へと拡がった若者たちの闘いに、当時の貴重なアーカイブと本人たちへのインタビュー、彼らに賛同したアーティストたちの圧巻のパフォーマンスで迫る。
本作はアスリートとしてのカリーだけでなく、栄光の裏にあった深い孤独、自ら立ち上げたカンパニーでの新たな挑戦、そして彼を蝕んでゆく病魔AIDSとの闘いを、貴重なパフォーマンス映像と、本人、家族や友人、スケート関係者へのインタビューで明らかにしていく。新たに発掘された、ホームビデオで撮影された彼の最高傑作『ムーンスケート』について監督のジェイムス・エルスキンは「どんなスケートより美しく心を打たれた。これをみて感動を覚えない人はいないだろう」と語っている。これは、時代に翻弄され不当な扱いを受けながらも、屈することなく高みを目指し、人を遠ざけながらも愛に飢え、滑り、踊り続けた男の物語。
「あぁ、見えてない。それがどうした?」視覚がなく、光すら感じたことのない全盲の加藤秀幸は、ある日映画を作ることを決める。加藤は、映画制作におけるさまざまな過程を通して、顔や色の実体、2Dで表現することなど、視覚から見た世界を知っていく。また、加藤と共に製作する見えるスタッフも、加藤を通して視覚のない世界を垣間見る。見えない加藤と見えるスタッフ、それぞれが互いの頭の中にある“イメージ”を想像しながら、SF短編映画がつくられていく。《演出上の都合により、冒頭約10分間は音声のみとなります。また、終盤にエンドロールが一度出ますが、その後もドキュメンタリーは続きます。最後までお楽しみください。》
2004年日本で初めて「AADC欠損症」患者が見つかり、患者は3人だけで、“希少難病”と呼ばれました。生まれつき運動機能を司る「AADC酵素」がないため、寝たきり、自分の意志で体を動かせず、言葉を発することもできません。 眼球が上転する発作、全身が硬直する発作(ジストニア)が日に何度も起きました。 痰を吐き出すことができにくくなり、頻繁に吸引し、液体状の栄養や薬をチューブによって鼻から補給していましたが、さらに“胃瘻”や“気管切開”に至りました。治療法が見つからず希望を失いかけていた2015年春、新たな治療法、遺伝子治療が行われました。 生まれつきなかったAADC酵素を脳内に注入するという小児神経では国内初の手術でした。手術後一年半が経ち、首が座り、自分の意志でものを掴み、歩行器を使って歩き始めています。 奇跡の子どもたち、その改善の映像をご覧ください。「AADC欠損症」芳香族Lアミノ酸脱炭酸酵素は重要な神経伝達物質であるドパミン(運動機能)やカテコラミン(自律神経の働きの調整)、セロトニン(睡眠・食欲・体温などの体のリズムや感情の調節)の合成に必須の酵素です。 現在、世界中で報告例は100例未満で、日本では6例(2017年1月)
2008年末。故・リヴァー・フェニックスの実弟であり、『グラディエーター』『ウォーク・ザ・ライン』で二度もオスカー候補に選ばれた世界的スター、ホアキン・フェニックスが、突然の【俳優引退とラッパー転向】を宣言、突如として表舞台から姿を消した。そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、ファンたちは悲しみの涙にくれた。その後のホアキンは、見る影もなく激太りし、長い髭は生やし放題、明らかに挙動不審で、会話すらままならない。「彼は精神的に疲弊し、薬物に溺れてしまったのだ…」人々はそう噂し、心から彼を心配していた。だがそれから2年後、実は引退も苦悩も大ウソで、すべては彼の悪趣味なジョークだったことが発覚。実際に2年間の仕事をキャンセルし、巨額の自費を注ぎこんで作り上げた、この一世一代の大イタズラにアメリカ中はすっかりダマされ大激怒、ホアキンは一瞬にして全国民を敵に回してしまったのだった。監督は、ベン・アフレックの実弟であり、『ジェシー・ジェームズの暗殺』でアカデミー賞ノミネート経験をもつ人気俳優ケイシー・アフレック。義兄でもあるホアキンに密着し、衝撃的な監督デビューを果たした。また本作では、ブルース・ウィリスやジャック・ニコルソン、ベン・スティラーといったセレブ達が次々とダマされていく様子も克明に記録。さらに「ラッパーになりたい」という彼の熱意に応えてプロデュースを引き受けた超大物プロデューサー、ディディの哀れな姿も映し出されている。
前作『悲しみの忘れ方』から4年、乃木坂 46 待望のドキュメンタリー第2弾。 エースの卒業をきっかけに少女たちは、自分探しの旅に出る――。結成から7年目を迎えた2018年9月。22枚目となるシングルの選抜発表の場で、エース西野七瀬の口から自身の卒業が明かされた。いつまでも変わらないと信じていた、しかしいつか失ってしまうとわかっていた、戸惑うメンバーたち。エースの卒業をきっかけに自分探しの旅に出る少女たちの心の葛藤と成長をこれまでにない親密な距離感で、物語はつむがれていく。口にするのは“本当の言葉、こぼれてしまった感情”。監督は、話題のCMやドキュメンタリーを数多く手掛ける、いま注目を集めるクリエーター、岩下力。乃木坂46関連ではこれまで、ライブの舞台裏を追ったドキュメンタリー映像を制作したものの、メンバーについて多くは知らなかった人物。だからこそ、先入観や遠慮や忖度などは一切なく、興味の赴くまま、停止線の向こう側へも立ち入り、知りたい質問をメンバーに投げかけ、監督の気がすむまで彼女たちの傍らに寄り添った。そうして彼女たちの本音はもちろん、表情や息づかいの変化にいたるまで、余すことなくカメラに収めることに成功した。これは、あなたがまだ知らない、大切な人が変わり行く物語。
長い年月を経て氷河に削られ出来上がった、およそ19万個ものフィンランドの湖。ここには空高く羽ばたく鳥たちや、多種多様な魚たち、カワウソやビーバーやアザラシなどの野生動物や、昆虫や植物など、様々な生き物が大自然の恵みを受けながら生息している。そんな自然の宝庫でもある湖を守る水の精霊たちを紹介しながら、幻想的で壮大な映像とともに神秘に満ちた大自然を捉えたネイチャー・ドキュメンタリー。
本作は8年もの歳月をかけてその場所が最も輝く瞬間を追い求め、全国47都道府県・200箇所以上で撮影された映像を厳選し、4K解像度で映画化した日本が主役のドキュメンタリー映画です。日本人の精神を歴史とともに紐解いていく「日本人の精神」、季節の美を巡る「日本の四季」、日本列島を南から北へ、奇跡のような瞬間を紡いでいく「一期一会の旅」の3部構成。日本を知らないこどもたちと、日本を忘れかけた大人たちにぜひ、見てもらいたい作品です。
ナチス・ドイツが略奪した芸術品の総数は約60万点にのぼり、今でも10万点が行方不明と言われる。なぜナチスは、いやヒトラーは美術品略奪に執着したのか?ピカソ、ゴッホ、ゴーギャンらの傑作に「退廃芸術」の烙印を押し、一方で純粋なアーリア人による古典主義的な作品を擁護。権力は芸術をも支配できると妄信するナチスが行った歴史上最悪の美術品強奪と破壊、そしてヒトラーの秘宝たちが辿った知られざる真実とは――?
岡山県・香川県には数々の猫の聖地(島)が存在します。そんな青い海と自然に囲まれた島で自由気ままに生活する猫たちのお気に入りスポットや、日常風景を紹介する番組「ニャンだ?フルアイランド」。撮影は大人気写真集「飛び猫」のカメラマン・五十嵐健太さん、ナレーションは猫好きの声優・堤雪菜さん(A応P)が務めます。
人気俳優として映画、テレビで活躍する一方で、演劇ユニット“ET×2”を組む柄本佑・時生兄弟。2014年、ふたりはサミュエル・ベケットによる不条理劇「ゴドーを待ちながら」の公演に挑んだ。2017年、父親の名優・柄本明を演出に迎えて、再び「ゴドーを待ちながら」に挑戦する。その稽古場にドキュメンタリーカメラの名手・山崎裕が立ち会った。カメラは稽古場の親子の一部始終を、舞台の幕が開く迄を追った。演出家と俳優の関係を超え、父から子への芸の伝承の厳しさと暖かさに溢れる“時間の記録”である。
京都嵐山・天龍寺。世界遺産にも登録されているこの名刹に、一風変わった禅僧がいた。名はヘンリ・ミトワ。1918年、横浜でアメリカ人の父と新橋の芸者だった母の間に生まれた日系アメリカ人である。1940年、単身渡米。戦時中は敵性外国人として、日系人強制収容所で過ごした。戦後、ロサンゼルスで幸せな家庭を築き、1961年、帰国。時代の波に奔走されながらも、日本文化をこよなく愛し、茶道・陶芸・文筆にも優れた才能を発揮したヘンリは、古都の多彩な文化人や財界人に囲まれ、悠々自適の晩年を楽しむ…はずだった。「“赤い靴”をモチーフにした映画を作りたい!」、80歳を目前に突如、追い求めた夢によって、家族や周辺の人々を巻き込み、彼が築き上げてきた“青い目の文化人”という地位から大きく逸脱していく…。
坂口さんを手ほどきする「師匠」は多摩川の河川敷に長年暮らす“多摩川のロビンソンクルーソー”。材料はホームセンターで購入。しめて制作費26,000円。2畳の家に移動用のかわいい車輪付き。師匠の叱咤激励を受けてようやく完成、設置場所は吉祥寺の駐車場。多摩川から設置場所の吉祥寺に移動という前日、東日本大震災が起こった…。
テネシー州メンフィス。ここでは多種多様な音楽が生まれ融合し、また、数々の“生ける伝説”と呼ばれる世界的ミュージシャンたちを輩出してきた。彼らを今一度この故郷に呼び戻し、名門ロイヤル・スタジオ等にて、ジャンルや人種、世代を超えた新たなレコーディングを行い、メンフィスの音楽と精神を現代の世界に再び送り出そう――この破天荒なプロジェクトの過程を追ったドキュメンタリーである本作。ブッカーT.ジョーンズやメイヴィス・ステイプルズ、惜しくも収録後にこの世を去ったボビー・ブランドやスキップ・ピッツといった巨匠たちが次世代を担う若者に音楽を継承する貴重なセッションの数々を、かのスタックス・レコードの盛衰に象徴される黒人差別の歴史と絡めつつ綴っていく。偉大なる先人たちがプレイの秘訣を惜しげもなく伝授してゆくシーンが印象深く、過去から現代へ粛々と受け継がれるこの地の“ソウル”がスクリーンから溢れ出す。音楽の本質を垣間見せてくれる感動作。
本作は、アメリカ南部のミシシッピ・デルタやルイジアナ・バイユーの大御所ブルース・ミュージシャンたちを追いながらブルースの栄光と衰退を描いたドキュメンタリー。主に80 年代に活躍し、今も南部に暮らしチトリン・サーキットを続ける彼らにフォーカスし、観客をルイジアナ・バイユーの沼地からミシシッピデルタのジューク・ジョイント、ノース・ミシシッピ・ヒル・カントリーのムーンシャイン・バーベキューへと続く音楽の旅へと誘います。カナダ人監督のダニエル・クロスにより3年以上の月日を費やし完成。全米で17 年に公開されるや注目を集め、公開館数を驚異的に伸ばした話題作。昨年のグラミーでベスト・トラディショナル・アルバム賞を受賞したボビー・ラッシュをはじめ、バーバラ・リン、ヘンリー・グレイ、キャロル・フラン、レイジー・レスター、ロバート・ビルボ・ウォーカー、ジミー・“ダック”・ホームズ、R.L. ボイス、リル・バック・シネガルなど多くのブルース・ミュージシャンが出演。
挑発的でコンセプチュアルな作品群を発表するマルジェラ自身はどんな人物だったのか。初のドキュメンタリーとなる本作では、彼と共に一時代を築いたメイレンスやクリエイティブチームの「私たち」が激動の20年間と、謎に包まれたままファッション業界を去った異端児について初めて語り出す。公にされた写真は存在せず、インタビューは書面のみで行い、「I=私」ではなく「We=私たち」で答えたマルジェラ。オランダ出身のドキュメンタリー作家、メンナ・ラウラ・メイール監督は「私たち」が封印してきたモードの舞台裏と狂乱の歴史に鋭く食い込み、数々の貴重なアーカイブと証言を掘り起こした。そして浮き彫りになったのは、傷ついた天才と空中分解していくチームの葛藤の日々だった。「私たち」がタグの代わりにした白い布に込めた意味とは?ファッション業界注目の傑作ドキュメンタリー!
なぜ、“作家”ローラ・アルバートは10年もの間、J.T.リロイに物語を語らせたのか。世界を驚かせた事件の真実を、彼女自身の言葉とガス・ヴァン・サント、トム・ウェイツ、コートニー・ラブ、ビリー・コーガンら、セレブたちとの通話音声によって解剖する。
創業74年を誇る浅草の老舗パン屋、ペリカン。売っているパンの種類は食パンとロールパンのたった2つ。それでも毎日行列ができ、地元に愛され続けてきた。本作は、老舗の伝統を守り続けるペリカンのパン作りの現場に潜入し、その魅力の真髄に迫るドキュメンタリー。
1998年5月2日 永眠という突然の出来事。様々なジャンルを取り込んだ斬新な音楽性。当時まだ珍しかった野外フェスを敢行した先見性。そして、多くの人々から愛される人間性。あの日、日本の音楽シーンは大きな財産を失った…。しかし、17 年が経っても、hide のストーリーは続いている。自然的・必然的に hide の仲間たちが動き出し、hide が残した「サウンド」と「メッセージ」を後世に伝えるべく様々な活動が展開されているのだ。hide のピースを拾い集めた時、そのパズルは何を語るのか? そこに見えてきた hide の「音楽」「人間性」「精神世界」とは? hide がファンに愛され続けているその理由とは?
20世紀で最も偉大なパフォーマーとして知られるフレディー・マーキュリーはアートと音楽の垣根を超え、自身のバンドクイーンを国際的なスターダムへと導いた。彼の無限のボーカルパワーとパフォーマンスは、世界中の観客たちに衝撃を与え、驚かせたが、スポットライトの外では、彼は信じられないほどにプライベートな存在だった。本作では、ここでしか見られないインタビューやフッテージを通じて、フレディ・マーキュリーのストーリーと、ザンジバル島からきたシャイな少年がいかにして現代で最も伝説的な存在になったのかを明らかにする。映画のタイトルにもなった名曲「ボヘミアン・ラプソディ」をはじめとする圧巻のライブパフォーマンス。クイーン全盛期のメンバーの証言に加え、友人や元パブリシスト、ジャケットアルバムを撮影したカメラマンなど、彼らをよく知る周辺人物が語る貴重な逸話の数々。クイーンとフレディを知るために欠かせない、珠玉のライブ&ドキュンメンタリーだ。