すべてを失った青年に残っていたのは“記憶”懐かしい匂いに導かれて、自分を取り戻す旅が始まる- 骨董屋を目指し、四畳半のアパートに住みながら路上で古物を売って暮らす大貫大。ある日、看護師をしながら夜学に通っている佳奈と古書店ですれ違い一目で恋に落ちる。人生に新たな意味を見出したかと思った矢先、広場で警察の取り締まりに遭い、警棒でひどく頭を殴られ意識を失う。その後、大の人生の“何か”が狂っていく―。先輩商人の国男に誘われ山奥で開催されている骨董の競り市場に参加した帰り道、いつしかこの世の境目を抜け、黄泉の国に迷い込んでしまうことに。人の膵臓を笑いながら喰らう異形の餓鬼、絶世の美貌で黄泉と常世の関所を司る如意輪(にょいりん)の女、夜に輝く月も深紅に染まり、あの世とこの世を行きつ戻りつしながら、大はやがて自身の人生を生き直し始める。
日本人とフィリピン人のハーフで、クラスでは“ガイジン”といじられている小学校6年生の男の子。空回りして周囲から浮いているが、いつも笑顔で自分の居場所を求めている同じクラスの男の子。彼らに、明るく接してくれる図書室の新任司書の女性。だが彼女には、誰にも話していない秘密がある…。そんな彼女を励ますために2人は突拍子もないことを実行する。大切な彼女のために、「いつもありがとう」という想いを伝えるために。
物心ついた頃から「恋愛が何なのかわからないし、いつまで経ってもそんな感情が湧いてこない」自分に不安を抱きながらも、マイペースで生きてきた蘇畑佳純(そばた・かすみ)は30歳になった。大学では音楽の道を志すも挫折し、現在は地元に戻りコールセンターで苦情対応に追われる。妹の結婚・妊娠もあり、母から頻繁に「恋人いないの?」「作る努力をしなさい!」とプレッシャーをかけられる毎日。ついには無断でお見合いをセッティングされる始末。しかし、そのお見合いの席で、佳純は結婚よりも友達付き合いを望む男性と出会う…
月島春は、パートナー宗一朗の連れ子・蘭がカナダに留学し、言い知れぬ寂しさを抱えていた。そんな時、公園で記憶を失くした青年と出会う。過去に流産も経験している春は、その青年を神からの贈り物と信じ、今度こそ彼を自らの傍で育てたいと願う。一方、春の弟・毅は音楽活動を続けている。その妻・美香子は精神の不調を抱え、心療内科医である宗一朗の診察を受けながら、4歳の子を育て、毅の創作を献身的に支えていた。すれ違う優しさとわだかまる不安…。日々の暮らしが軋みはじめ、それぞれの秘めた思いが、神戸の街で交錯する。
桜の花の蕾が膨らんで、満開の季節の訪れを誰もが感じている大阪・キタ。中崎町にある古い木造のアパートで、白骨化した老婦人の死体が発見された。警察は実況見分で、アパートの周りの捜査や関係者へ事情聴取を行っていた。孤独死なのか、または財産絡みの謀殺なのか、いろいろな噂が飛び交っている。そんな中、中国、台湾、韓国の観光客、マレーシアのビジネスマン、ネパール難民、ミャンマー人留学生、ベトナム人技能実修生などの外国人たち、彼らとの日常を共有している日本人たちの三日間の小さな出来事の断片が、大阪の中心、梅田北区、通称《キタ》と呼ばれる限られた地域の中で人知れず起きている。時に滑稽で、時にもの悲しく、時に倒錯的に…。事件の調査が終わりを告げるとき、この間に彼らに起きた様々な人生の岐路も新たな展開を迎えようとしていた。