■ブルックリンの都市と州北部の森を舞台に、日常と記憶、幻想が交錯する詩的な映像世界 刺繍×クィアアートが彩る、現代インディペンデント映画の新たな潮流都市と自然、記憶と欲望がゆるやかに混ざり合う全4章の冒険。ルシオ・カストロが贈る斬新にして詩的な傑作が、待望の日本上陸となる。ニューヨーク・ブルックリンの街角と州北部の森を行き来する2つの夏のあいだで、美大生アドナンの世界は、静かに、しかし確実に変容していく。そこには、刺繍アートの色彩とクィア的感性が織りなす、現代インディペンデント映画の新たな潮流が息づいている。■刺繍アートに彩られた独創的な作品世界 映画の着想源となったのは、アメリカの刺繍アーティスト、サル・サランドラの作品だ。彼はニードルポイントという伝統的な刺繍技法を使いながら、あえて露骨でユーモラスな性的イメージを描くことで知られる。その色彩豊かで遊び心に満ちた刺繍は、劇中にも登場し、主人公アドナンの心を揺さぶる重要なモチーフとなる。刺繍という柔らかな素材に宿るエロティックな表現は、クィアアートの新しい潮流とも響き合い、映画全体の空気に独特の温度を与える。アドナンがサルの作品に触れる場面は、彼の内面に小さな変化が生まれる瞬間として描かれ、観客にも“アートが人を動かす力”を素直に感じさせる。■日常と幻想の境界をたゆたう映像美 本作の核となるのは、穏やかなトーンの中に豊かなエネルギーを秘めた映像表現だ。バス・ドゥヴォス(『Here』)の静けさ、アラン・ギロディ(『湖の見知らぬ男』)の官能、そしてエリック・ロメール(『緑の光線』)の親密さを思わせる空気感が、ルシオ・カストロの手腕によって軽やかに溶け合い、日常の風景に淡い幻想が差し込む。物語は大きな事件で動くのではなく、アドナンが出会う人々や、ふとした瞬間に感じる気配によって進んでいく。現実と幻想の境界が曖昧になる場面が各章に挿入されるが、それは決して大げさな演出ではなく、むしろ日常の延長線上にある“ささやかな揺らぎ”として描かれる。観客は、アドナンの感受性に寄り添いながら、世界が少し違って見える瞬間を共に体験することになる。さらに、劇中で引用される8世紀の中国の詩人・李白の詩篇が、時間や距離を超えたつながりの感覚を高次元へと大胆に飛翔させる。■ルシオ・カストロという新しい才能 監督・脚本を務めたルシオ・カストロは、アルゼンチンのブエノスアイレス出身でニューヨークを拠点に活動する新鋭。ファッションデザイナーとしての経歴も持ち、映像と造形の感覚を自在に行き来するニュータイプの映画作家だ。2019年の長編デビュー作『世紀の終わり』は、IndieWireで「21世紀のベスト・クィア映画のひとつ」と紹介され、世界の映画祭で高く評価された。続く『After This Death(原題)』(25)は第75回ベルリン国際映画祭Berlinale Special Gala部門でプレミア上映され、俳優陣にもリー・ペイス(『落下の王国』)やルパート・フレンド(『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』)、グウェンドリン・クリスティー(『ウェンズデー』)といった実力派が名を連ねる。そして本作『ドランクヌードル』(25)は、カンヌACID部門に選出され、カストロの名をさらに広く知らしめることとなった。