戦国時代、楚の文人の中で、屈原(くつげん)は群を抜いて名を馳せていた。そんな屈原は祭儀に向かう途中、自作の詩「橘頌(きっしょう)」を取り入れた雑技を見物した時、足を踏み外した踊り子を助ける。偶然にも、その女子は屈原の夢に出てきた山鬼(さんき)と瓜二つだった。遅れて参加した祭儀では刺客が懐(かい)王を襲うも失敗し、人質となった屈原は刺客の正体を知る。
懐王の命を狙った無名(むめい)と友人関係の屈原は、懐王の怒りを買うも難を逃れる。そして懐王の祝宴で大臣は和氏の璧を献上するが、屈原は屈伯庸(くつはくよう)の代わりに詩で祝い絶賛される。一方秦では、張儀(ちょうぎ)の才能に目をつけた恵文(けいぶん)王が自ら張儀を訪ね、秦の丞相(じょうしょう)となり共に天下統一を成し遂げようと持ちかける。
丞相になった張儀は楚へ赴き、和氏の璧を拝借したいと申し出る。しかし屈原は懐王に、断ると秦が楚を攻める口実になると進言する。それを評価され仕官を勧められるが自分は詩人だと断る。道中豪族から乱暴される漁民を助けると、偶然にも莫愁の父で、招かれた家で出された魚料理には塩の味付けさえなかった。衝撃を受けた屈原は、権県県尹になると誓う。
徴兵訓練中に病死した蒙遠(もうえん)をめぐり、屈原と莫愁は食い違い関係が悪化。屈原は懐王から権県県尹を任されたが、両親は強く反対し理由を語る。しかし幼き頃から強情な屈原を前に、不本意ながらも県尹になることを認める。一方権県の豪族・劉三(りゅうさん)は莫愁の美しさに惹かれ強引にさらい、逃げる莫愁を軟禁して無理に家まで押しかける。
劉三と莫愁の婚礼前に屈原が現れ、劉三の強引さを批判し県署へ申し立てに行く。しかし師甲(しこう)や県署は、公正に裁かない。この状況に屈原は新県尹である身分を明かし、自ら劉三らを裁く。楚宮では、子蘭(しらん)が木の上の矢を取ろうと近くにいた嬴(えい)妃に矢を取るよう頼むが、バランスを崩した嬴妃は台から落ちてしまう。
鄭(てい)妃は、子蘭とのことを懐王に言わぬよう嬴妃に念を押すが、事が露呈し、罰を受けた息子を前に嬴妃への復讐を心に誓う。また、劉三が再度漁民たちに暴力を振る舞うが、屈原に仕える役人が牢へと連行する。さらに屈原は顔役へ納める魚を減量するなど民に尽くす。秦国では、張儀に仕える月吟(げつぎん)を田姫(でんき)に改名し楚国に潜入させる。
昭和(しょうか)は令尹の座を得るため娘の昭碧霞(しょうへきか)と屈原の政略結婚を企むが、昭碧霞は倉雲(そううん)と想い合うため父に反抗する。嬴妃は台から落ちたにもかかわらず、健康な男の子を出産し王宮は大賑わい。権県では、莫愁の弟・盧乙(ろいつ)を含め疫病が蔓延していた。疫病を鎮めようとする屈原に三大悪党は奸計を巡らす。
満一月を迎えた子秦(ししん)は侍女が離れた隙に息絶え、楚の王宮は混乱。?妃は悲しみのあまり自害を試み正気を失う。権県では三大悪党が流した噂を民が信じ、屈原を追い出そうと騒ぐ。3日の猶予をもらった屈原は、症状から糜疾(びしつ)と推定し、医書に記載の慧繊(けいせん)という薬草を求め莫愁と山に探しに行くが、三大悪党率いる集団に襲われてしまう。
検視で子秦が毒殺だと判明するも、鄭妃が関与すると知った子尚(ししょう)は、懐王に病死と報告。屈原と莫愁は慧繊で薬を煎じたが、地面にこぼし無駄にしてしまう。約束の3日目、県署に集まる民に猶予をもらった屈原は、再度薬を煎じ自ら試すと突然倒れ昏睡状態に。3日過ぎても起きねば目覚めないと宣告される。一方、昭和夫婦は結納品を用意して屈宅を訪れる。
屈由(くつゆう)が権県に行くと寝たきりの屈原がおり、医者に死を言い渡される。受け入れられない屈由は、莫愁のせいにし刀を振りかざす。皆が悲嘆に暮れる中、鳳凰の訪れで屈原が目覚め莫愁と喜び合う。裏では屈原の復活をよく思わない三大悪党が何かを企む。昭家では、昭和が娘から離れろと倉雲を脅し、倉雲は言われた通り昭碧霞に冷たく接するのだった。
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