オーストラリアの山間の町グレンブルック。毎年、オーストラリア・デーを祈念してこの地で開催される全豪ノーム大会には、世界中のノーム愛好家たちが、自分たちの庭に住み着いているノームを連れて集まってくる。そもそもオーストラリアのノームは囚人船や入植船などに乗ってやってきたという。“最初はシドニーに、やがて西の渓谷に移り住み、1850年代には金鉱の発見によってコミュニティも発展…”といった歴史もある。そんなノームたちが一斉に集う大会は6回目を迎える。ノーム・マスターの交代も行われつつ、ノームをこよなく愛する人々がその魅力を語り始める。
2020年夏、東京オリンピックには200以上の国と地域から約1万5,000人の選手が集い、長年追い続けてきた夢の実現に挑むはずだった。しかし、新型コロナウイルスの世界的流行により、大会は史上初めて延期となる。1年後、東京オリンピックは開催され、多くの感動と熱狂を生みながら幕を閉じた。だが、その輝かしい舞台の裏で、選手たちは新たな現実と向き合っていた。目標を失った喪失感、社会との隔たり、そして長年背負い続けた重圧から解放された反動。オリンピックを目指すトップアスリートたちが抱える過酷なプレッシャーと、その先にある精神的苦悩を、オリンピック選手たち自身の証言を通して映し出す。
★映画評論家、佐藤忠男、「映画」で世界を変えようとした男がいた――日本で初めて、ひとりの映画評論家に迫ったドキュメンタリーが誕生 日本を代表する映画評論家、佐藤忠男。独学で映画評論の道を拓き、60年にわたる批評人生で日本映画史を体系化した功績、そして後年、ライフワークとしてアジア映画を発掘し、日本に先駆的に紹介した功績から、日本におけるアジア映画研究の第一人者として知られる。アジアとの映画交流や後進の育成にも尽力し、韓国、フランス、モンゴル、ベトナムなどから勲章を授与した唯一無二の存在である。庶民の目線から多岐に論じ、150冊を超す著作を有する映画評論の巨人をアジアへと突き動かすものは果たして何だったのか? 2022年に91歳で逝去した佐藤忠男が映画を通して夢見た世界を探る。
1995年、日本が震撼した地下鉄サリン事件。その首謀者とされた男の娘で当時11歳の松本麗華(りか)には以来どこにいても父の名、事件の記憶、そして「償い」を問う声がつきまとう。父か死刑に処された後もなお続く差別と排除の中、真摯に自身の人生を模索する6年の記録。それは、この世界で苦しみ生きる人々への希望のメッセージとなるか。
2011年3月11日。東日本大震災による大津波は、東北沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。多くの命が失われ、人々は深い悲しみの中にあった。そんな中、「被災地で花火を打ち上げたい」と考えた男がいた。震災からわずか5か月後の2011年8月11日、岩手・宮城・福島の沿岸10市町村で同時に花火を打ち上げる――。それは前例のない挑戦だった。「今それどころじゃない」「不謹慎だ」被災地からの反対の声、資金集めの困難、行政や地域との調整。数々の壁に直面しながらも、プロジェクトに関わる人々は花火を打ち上げる意味を問い続ける。喪失と悲しみの中で、人は何を支えに前を向くのか。震災から5か月後の東北を舞台に、鎮魂と復興への願いを込めた花火大会「LIGHT UP NIPPON」の実現までの道のりを追う。
2018年12月、登山家のアリはカーステンを誘い、現地の登山家カーンと共に、インド・ヒマラヤで最も人里から離れた谷にある未踏の氷瀑を探すために旅立つ。アメリカからインド・ニューデリーまで飛行機で22時間、そして危険極まりない切り立った崖沿いの悪路を車で65時間かけてスピティ渓谷へ。彼らの目的は地元に暮らす先住民とアイスクライミング運動を支援することだった。だが、現地に着いたものの、氷瀑どころか、氷すらなく、彼らの当ては外れてしまう。予想外のことが次から次へと起こる凄まじい旅。果たして登山家たちの思いは叶うのか?目指す氷瀑はあるのか?その様子をカメラは追っていく。
黒人、ユダヤ人、ネイティブアメリカン、白人など、複数のルーツを持ち、ろう者でもある映像作家イーライ・スティール。彼は長年、“人種の違いは、それほど重要なのか?”という問いを抱えながら生きてきた。そんな彼には、メキシコ系の妻との間に、息子ジャックと娘ジューンがいる。複数のルーツを感じさせる外見のジューンに対し、ジャックは黒人として見られる容姿をしていた。そして、彼らが暮らすロサンゼルス第一学区では、学校入学の際、「第一人種」と「第二人種」の記入が義務づけられていた。さまざまな血を受け継いできたイーライは、“空欄”のまま提出できないか模索するのだが…。
はじまりは小さな贈り物だった…。極秘リークされたイスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフとその側近たちの警察尋問映像には、ニュースの裏側にある彼らの隠された私生活が描き出されていた。その疑惑が公になったとき、ネタニヤフの権力への欲望は肥大化し、やがて恐るべき悲劇がもたらされる。
★あの事件の裏側とは?★能登地震、大阪・関西万博、安倍元総理暗殺事件、トランプ暗殺未遂事件、ワシントン議事堂襲撃事件、鳩山政権の知られざる攻防、コロナ、ワクチン騒動と、世間を揺るがす大きな事件が続くが、その真相は解明されないことが多い。鹿児島大学の木村朗名誉教授をはじめ、著名人たちがそれら事件の真相を徹底解明する。安倍総理暗殺事件は、本当にあの青年が犯人なのか?トランプ暗殺未遂事件の犯人がSPに止められずに建物に登り、ライフルを撃つことができたのはなぜなのか?「悪夢のような鳩山政権」と批判されたが、多くの国民が知らない隠された驚きの真実とは?能登地震と大阪万博の知られざる関係と利権や、タブー視されたコロナワクチン問題の真相まで、そのすべてを解明する!!
シットコム「ザ・メアリー・タイラー・ムーア・ショー」のルー・グラント役でブレイク。そのスピンオフドラマ『事件記者ルー・グラント』で人気を博したエドワード・アズナーは、映画『エル・ドラド』『JFK』、TVドラマ『ルーツ』、舞台、『カールじいさんの空飛ぶ家』などのアニメ声優として活躍し、5度のゴールデン・グローブ賞と7度のエミー賞を獲得。1981年からは映画俳優組合の会長を2期務めた。ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにもその名が刻まれたエドの出演作や『アパッチ砦・ブロンクス』で共演したポール・ニューマンら名優たちとの思い出、ユーモアあふれるお茶目な人柄などの知られざるエピソードが、本人へのインタビューと関係者たちの証言から明かされる。
1970年代の沖縄。米軍基地のフェンス越しに流れ込んできたロックサウンドが、若者たちの心に火をつけた。それが「紫MURASAKI」――後に“日本のディープ・パープル”とも評され、国内外のミュージシャンに大きな影響を与えた伝説のバンド。重厚なリフ、圧倒的なテクニック、そして何より「沖縄」という独自の土地から生まれたロック魂。本作は、彼らの50年を超える軌跡をライブ映像と証言でたどる。復帰間もない沖縄のリアル、ロックにすべてをかけた青春、そして現在進行形の活動まで。時代に翻弄されながらもロック魂を貫いたメンバーたちの言葉には、今なお衝撃と説得力がある。ロックが「生き方」であった時代の記憶が、ここに確かに刻まれている。
1990年代に「JAM」「バラ色の日々」などのヒットで一世を風靡し、今も多くの音楽ファンを、魅了する不屈のロックバンドTHE YELLOW MONKEY。そのボーカルとして、深く響く歌詞と圧倒的な存在感で愛されている吉井和哉。彼のミュージシャンとしての人生は、URGH POLICEのボーカルEROとの出会いから始まった。その後、吉井はURGH POLICEを通じて出会った仲間達とTHE YELLOW MONKEYを結成。EROは静岡に残り、それぞれの音楽の道を歩みながらも、長く二人は交流を続けていた。 しかし2021年、EROが脳梗塞で倒れ、音楽活動どころか仕事もできなくなってしまう。吉井は、療養中だったEROのために何かできることはないかと思い、40年ぶりのセッションの約束をし、その様子を追ったドキュメンタリーの撮影を開始したが、数ヶ月後、吉井自身が喉頭がんになっていることが発覚する―。
好ましくない意味を持つ名前、性的な意味を持つ名前、面白い意味を持つ名前、有名人や悪名高い人物と同じ名前など、珍しい名前を持つ人々は、自己紹介や点呼のたびに注目を浴び、恥ずかしい思いをする。そのため身構え、不愉快な反応に備えているという。あるロシア由来の名字を持つ女性は、高校生になって男子から妙に注目を集めたことから、自身の名前が英語で性的な意味を持つことを知りショックを受けたことを明かす。他にも、 “ポール・マッカトーニー”と“リンダ・マッカトーニー”の名前を持つ夫婦が空港で間違われて受けた待遇など、珍しい名前を持つ人々に取材。名前によってどんな経験をしてきたのか、多種多様な実体験が明かされる。
2024年9月28日、東京・有明で大規模なデモが実施された。横断幕やプラカード、参加者が着用するTシャツには、政府が推奨するワクチンやWHOに対する痛烈な批判が記されていた。その年、同様の大規模デモは各地で行われていたが、マスコミがその全貌を報道することはなかった。デモ参加者たちへのインタビューを通して、彼らがなぜデモを起こすようになったのか、何に対して問題を提起しているのかを浮き彫りにする。
厳しい練習に耐え、それでも「踊ることが大好き」と、きらきら目を輝かせるバレエダンサーの卵たち。成功への厳しい道のり、プレッシャー、痛み、限りない美への追求、将来への希望と不安。異なる境遇を生きながら、夢を叶えるために自分を限界まで追い込む子供たち。バレエという究極の美が与える、夢の力。あくなき情熱をめぐる、家族の物語。それは決してバレエの世界にいる彼らだけのものではなく、私たちすべてに、生きることの意味を教えてくれる。
2018年8月。15歳の少女グレタ・トゥーンベリはスウェーデン・ストックホルムにある国会議事堂前で学校ストライキを始めた。気候変動対策を呼びかけるため、1人で座り込み、自作の看板を掲げてリーフレットを配りながら通行人の質問に答える。毎週金曜日にストライキをすることから「Fridays For Future(未来のための金曜日)」と名付けられた運動は次第に注目を集め、スウェーデン国内のみならず、世界中の若者たちがグレタの考えに賛同するようになる。たった1人で始めたストライキは、数か月のうちに世界中に広がるムーブメントになっていった。グレタは父親のスヴァンテとともに、世界中の主要な会議や公式行事に参加して自分の言葉でスピーチを続ける。環境問題にあまり関心のない家庭に育ったグレタだったが、成長するにしたがってその生活がおかしいと気づき、食事や生活スタイルが変化していった。学校ストライキが波及し注目されるようになると、2018年にポーランド・カトヴィツェで開かれた「COP24」や、2019年世界経済フォーラム(ダボス会議)をはじめとする主要な会議やイベントに招かれ、気候変動危機を訴える。2019年7月。太平洋を横断し、アメリカ・ニューヨークに向かうため、再生可能エネルギーを電源とする「マリツィア2号」でイギリス・プリマスを出発。2週間の航海を経て、9月に行われたニューヨークの国連気候行動サミットで、グレタは怒りを込めたスピーチを涙ながらに行い、世界に危機を訴えるのだった。
チャップリンが制作した名作、本邦初公開となるプライベートフィルムなどの貴重な映像とともに、“放浪紳士”のルーツを探るべく、息子マイケルが世界各地に赴き関係者やゆかりある場所を訪ね歩く。生前、共産主義者など様々なレッテルを貼られてきたチャップリンだが、自身が「ロマ(ジプシー)」の血を引いていることを誇りに思っていた。笑いや悲しみ、優しさや怒りを併せ持った“放浪紳士チャーリー”のキャラクターはどこから生まれたのか。『独裁者』『キッド』『サーカス』『街の灯』『ライムライト』などの引用に加え、ジョニー・デップやエミール・クストリッツァらチャップリンを敬愛する各界の著名人のインタビューも交えて、チャップリン作品に垣間見えるロマのアイデンティティを掘り下げていく。
2021年6月、「ミライへ羽ばたく」と誓ったあの日から、4年。「INI」というグループ名に込められた、「あなたと繋がっていく」という想い。11人で夢を追い、駆け抜けてきた道も、立ち止まる日もMINIと繋がっていくことで走り続けてこられた。順風満帆に見えたそんな彼らにもスポットライトの裏で言葉にならなかった本音、迷いがあった。仲間と支え合い、MINIと歩んできた4年間が、今、スクリーンに刻まれる。INI待望のドキュメンタリー映画。今、彼らは語りはじめる――。これは、INIとあなたが繋いできた、かけがえのない“居場所”の記録。
無名のミュージシャン、アンドリュー・コール。子どもの頃にいじめを受けた過去を抱える彼はその苦しみを「曲」で表現して、いじめ防止キャンペーンとして広めようと決意する。世界中にキャンペーンを広めようとしても無名の自分では世間に見向きもされないと思った彼は、「We are the World」を参考に、憧れていた著名ミュージシャンや俳優たちを協力者として仲間に引き入れようと何ヵ月もロサンゼルス中を奔走する。多くの拒絶と挫折を経験するアンドリューだったが、俳優ジェフ・ゴールドブラムとの出会いをきっかけに、彼の活動に共感した“スター”たちが彼とのコラボレーションに応じ始める。
「戦争中のサラエボにU2を呼びたい」一人のクレイジーなアイデアが不可能を現実に。「過去を忘れて、未来にキスを、サラエボ万歳!」。U2が1997年9月23日、4万5千人を前にサラエボで行ったライブは、今も語り継がれている。かつてサラエボの人々は民族・宗教に関係なく共存していたが、紛争は人々を引き裂いていた。このライブは、そんな人々を音楽の力で再び一つにするものだった。本作は、U2がボスニア紛争終結後にサラエボでライブをする約束を果たすまでを追ったベン・アフレックとマット・デイモンがプロデュースしたドキュメンタリーだ。
1971年、カリフォルニア州バークレーにアメリカで初めて、地域の農家と食べ手を直接つなぐフランス料理店「シェ・パニース」が開店した。旬を生かした料理と気取らないあたたかさで客をもてなし、予約の取れない人気店となった「シェ・パニース」。その在り方はのちに「地産地消」「ファーマーズ・マーケット」「ファーム・トゥ・テーブル」というコンセプトに発展し、世界中で知られるようになる。そんな「シェ・パニース」のオーナーシェフの名前は、アリス・ウォータース。半世紀をかけて、世界中の料理人と教育者に影響を与え、「オーガニックの母」「おいしい革命家」と呼ばれるようになった。2023年、アリスの集大成となる書籍『スローフード宣言 ― 食べることは生きること ―』(海士の風)の出版1周年を記念して、著者来日ツアーが開催された。アリスが日本各地を訪れ、学校給食を味わい、大地の守り手である生産者、料理人と触れ合っていく。そこで語られる力強い言葉と、彼女のまなざしが日本の「美しさ」を浮き彫りにする。日本、そして彼女の拠点であるカリフォルニア・バークレーでの取材を通じて、「おいしい革命」の探求へと向かう。未来につなぐための映画は、きっとあらゆる人の食卓を変えていく。
1978年、失速した日本のロック・シーンを自らの手で打破するためにミュージシャンたちが集結した。FRICTION、LIZARD、Mr.KITE、MIRRORS、S-KEN…。S-KEN STUDIO、下北沢ロフトをはじめ日本各地でギグを繰り返したそのムーヴメントは、“東京ロッカーズ”と呼ばれ衝撃を与えた。それから30年あまりが過ぎ、“東京ロッカーズ”は伝説となったが、今なおその衝撃は色あせない。映画は、“東京ロッカーズ”のギグを中心に、同じ時期を疾走したPAIN、SPEED、SS、自殺、81/2といったバンドや、来日したストラングラーズのスタジオ・ライブを見つめる。恒松正敏は身を捩るようにレスポールをかきむしり、タクシードライバーであるPAINのギタリスト入村は車中でインタビューを受ける…。
大規模酪農場で飼育されているホルスタイン・フリーシアン種のルマは、一頭の雌牛を出産する。やがてルマは子牛から離され、搾乳機に繋げられ、餌を食み、放牧されて走り回り、種付けされ、また子を生む。カメラは極力牛の目線の高さに据えられ、農場の日々の営みと、家畜たちの日常が綴られていく。ルマの物言わぬ瞳が語りかけているものとは?
モホーク族のダートは大家族を支えつつ、民族の伝統を護りながら生きている。かつては鉄工として20年間アメリカ中を回って働いたが、人生の最後はここがいいと、今の地に移り住んだ。本名はエリック・ニコラスだが、みんなが彼のことをダート(汚い)と呼ぶのを、母親は怒っている。妻ポーラは両親に彼との結婚を反対されたが、今では7人の子どもがいて幸せな日々を送る。子供たちの評価も千差万別ながら、底辺にはきちんと父に対する愛情が敷かれている。ダートは「毎日が、宝くじが当たるように楽しい」と語る。1990年「オカの闘い」に巻き込まれた時は必死で妻子を護った。作業場が火事で全焼しても、決してヘコたれない。そんな彼の生きざまを描く。
本作の監督である宮﨑政記は岐阜県下呂市で生まれ、‘木樵’である父の背中を見て育つ。戦後の復興から東京オリンピック、大阪万博。高度経済成長期を支えた木材の需要は絶頂期を迎えたが、時は流れ、林業は長い不況を迎える。父の跡を継ぐことを断念した宮崎は山を離れ、映画の道を志した。それから30年、宮﨑は父に抱いた憧れを胸に岐阜の山へと帰郷し、父と同じ木樵の兄弟、面家一家・瀧根清司に出会う。彼らの背中を見て育つ若い木樵たち、兄弟の顔に林業不況や人材不足に対する悲壮感など全く無かった。木樵見習いとして過ごして2年、宮崎は彼らの「生き様」を映像に残したいと思い立つ。これはその、記録である。
「フランスのテレビ番組のためにドキュメント・フィルムを撮らせてほしい」1983年、デヴィッド・シルヴィアンのレコーディングに立ち会うため、ベルリンに滞在していた坂本龍一のもとを訪れた監督、エリザベス・レナードはこう告げた。それから1984年5月。坂本が4枚目のソロアルバム『音楽図鑑』を制作し始めた頃、東京でわずか1週間という短期間で撮影が行われた。レナード監督を含めた6名の小さなチームは、日本という国を、東京という街を、そして坂本龍一という音楽家を記録した。完成後の1985年には、ロッテルダム、ロカルノ、サンパウロなどの国際映画祭で上映、日本では同年6月9日に第1回東京国際映画祭で上映された。1986年、フランスでテレビ放映されたのち、発売されたVHSとDVDも長らく入手困難な状況が続いていたが、近年になり倉庫に眠っていた16mmフィルムが発見され、修復を経てデジタル化が実現した。この60分余りの映像には、坂本の貴重なインタビューやスタジオでのレコーディング風景に加え、彼が出演したCM、YMOの散開コンサート、大島渚監督『戦場のメリークリスマス』(83)の印象的な一場面などが収められている。渋谷スクランブル交差点、新宿アルタ、原宿の竹の子族……80年代の息づくような東京の景色とともに映し出されるのは、幼少期の記憶、変わりゆく文化と社会、創作のプロセス、そして自らが追い求める音楽について語る、当時32歳の坂本の姿だ。育った街に耳を澄まし、時代の流れを感じながら、彼はどのような未来を見つめていたのか――今もなお人々の心に生き続ける世界的音楽家・坂本龍一、若き日のポートレートを通して《東京の音》を体感できる幻のドキュメンタリーが、約40年の時を経てついに4Kレストア版で蘇る。
盲人の老婆の朝-ジャンキーOLの昼―アウトロー達の夜……社会からはみ出した、ジャンク(がらくた)のような人々の1日を、伝説のチーマ鬼丸を始め一癖も二癖もあるストリートのホンモノ達が大挙出演し、極上のリアリティーを醸し出す衝撃作。ニューヨークを皮切りに、全米12都市で自主公開された。
クイズで日本旅行が当たり大阪へとやってきた香港の青年・九扇。ところが、ツアーコンダクターは片言の広東語しかできないクミ、おまけに超のつくドケチツアー。クミの案内で東京に来た九扇は、香港旅行が大当たり!クミとホームレスの茜と香港にUターン。そこで、イカサマ家族と共に巨大多国籍グループとハチャメチャな戦いを繰り広げる。香港、大阪の釜ヶ崎・飛田でのゲリラ撮影、渋谷ハチ公前での無許可ライブ、山本監督夫妻「新婚さんいらっしゃい」に一般応募で出演、専用映画館「TANK2」の建設と、内容から公開まで呆れ返るパワーがみなぎる、香港との合作コメディー。
子連れの女性ロック歌手クミは、子供を元夫に預け、新宿の夜を彷徨う。研ぎ澄まされたドキュメンタリータッチで、都市の闇を描く意欲作。異例のカンヌ~ベルリン映画祭連続上映後、ベルリンで異例のロングラン上映された伝説のオーバードライブ・ムービー。また、江戸アケ(JAGATARA)、EBBY(JAGATARA)、ナベ(JARATARA)、伊藤耕(フールズ)、カズ(フールズ)、ジュネ(Auto-Mod)、ミチロウ(スターリン)と、1980年代カウンターカルチャーシーンを象徴するミュージシャンが多数出演、ロック・フリークス必見の作品でもある。
「この人生、感謝しているよ――」 そう書き遺して親友は山で死んだ。大切な者の死を受け入れてゆくための、長い旅路と祈りの記録2017年4月26日、ネパールの山岳地帯で47日間にわたり遭難していた二人が発見された。一人は救助され、一人は発見されるわずか3日前に亡くなっていた。そのニュースは彼らの出身である台湾でセンセーショナルに報じられた。亡くなったチュンと、生き残ったユエ。本作の監督であるルオ・イシャンは本来なら二人と同行する予定だったが、体調を崩し離脱していた。高校時代からの親友で、憧れの存在でもあったチュンの死。チュンは40日を超す想像しがたい洞窟でのビバークで、イシャンへの手紙や人生に対する賛歌を数百ページにもわたって書き記していた。その記録は、残されたイシャンと、そして生きのびたユエを苦しめ、しかし次に踏み出すそれぞれの道へと促した。ユエは次第に身を引き、イシャンはひとり、チュンの見た風景と足跡を追うためにネパールに旅立つのだった――。
子どもの頃、夢に見た世界最高峰エレベストへの登頂を目指したアレックス・ハルツ。その夢を叶えるべく、エベレスト登頂とネパールの歴史・文化・自然・精神性を掘り下げていく。まずネパールの首都カトマンズを訪れたハルツは、ネパール最古の寺院パシュパティナート寺院に向かい、ヒンドゥー教徒の火葬を見学するのを手始めに、地元の人をガイドにしてカトマンズの街を散策。エベレスト登頂を目指す山岳チームと共に神聖なクンブ渓谷を登り、シェルパたちの深い精神性を見て行く。標高5334メートルにあるエベレストのベースキャンプに向かう9日間のトレッキングを経て、さらに43日間にかけて8849メートルの頂上へと向かう過酷な探求の旅が始まる。
11歳でパリ国立高等音楽院に入学し、ナディア・ブーランジェに師事。才能は開花しクラシックとジャズを組み合わせた独自の音楽を作り上げた。ジャズミュージシャンとして活躍したのち、フランス映画音楽の世界に飛び込みジャック・ドゥミとのコンビで『シェルブールの雨傘』他名作を生みだす。海を越えハリウッド映画の作曲も数多く手がけた。本作は、晩年のルグランに密着し、貴重なアーカイブと、スティング、クロード・ルルーシュなど、45名以上の音楽家や映画監督、家族のインタビューを通じて、彼の人生を振り返りながら貴重な音楽制作の舞台裏に迫る。音楽家としての高いプライドを持ち、一切の妥協を許さない厳格な姿勢、普段見せることのない作曲中の姿、創作にもがき苦しみ重圧に苦悩するという知られることのなかった素顔を映し出す。
グローバルボーイズグループ、JO1。2020年のデビューから「Go to the TOP!」を掲げ着実に歩みを続けた彼らは、2025年、念願のワールドツアーと初の単独東京ドーム公演を開催した。世界に挑む彼らの5年間の栄光と、旅路の中でメンバー11人が胸に抱いていた想いや葛藤、そして絆を映し出すドキュメンタリー映画第2弾。
1941年12月8日、日本軍の真珠湾攻撃により太平洋戦争が始まる。華やかだった戦前の東京、浅草も終戦間際には焼夷弾の攻撃により、人も家も何もかもが焼き尽くされた。その渦中にいた上野は、言問橋を渡り逃げ込んだ家から見た火災扇風に人が巻き上げられていた。笹川は浅草から上野方面に逃げるが進めない。同じ時、深川では濵田が炎を潜り抜け清澄庭園に逃げ込み、関野は中川の土手沿いの防空壕で耐えた。その後に続く表参道への山の手空襲では泉が見た死体の山、終戦間際に襲われた八王子では焼夷弾と機銃掃射の攻撃で、石井の目の前で母子が撃たれる。一方、荏原では焼夷弾の消火、遺体の処理をした今野は記憶を80年間胸にしまってきた。いったい東京で何が起きていたのだろう。
妊娠中に夫と死別、マルチ商法に手を出したパートナー、別れた旦那が自殺、若い娘に全財産を奪われたなど、さまざまな過去を抱えたファンにもカメラは寄り添い共に会場へ向かう。つらい時も悲しい時も、彼、彼女たちを支える“推し活”とは一体何なのか? なぜ、純烈は愛されるのか?スペースシャワーTVで放送した番組にプラスし、武道館後のメンバー脱退や純烈ファンのその後を追撮、40分の未公開映像を含む映画が完成した。
2020年に入り、新型コロナウイルスの猛威が世界中を襲い始めた。本作はさまざまな人々の証言で、当時のアメリカを振り返っていく。ロサンゼルスでは3月17日に市長が都市封鎖を決定。街中の商業施設は閉ざされ、人々の往来はなくなっていった。新型コロナウイルスに対する初のチームを率いたライアン・アズクエタ医師は、3月12日に要請を受けてワシントン州カークランドに赴き多くの感染者の治療にあたるが、そこではチームのクルーも次々と感染し、職務離脱を余儀なくされていった。家族が感染するも病院での面会を禁止され、最期に立ち会うことができなかった遺族は多数いた。幸運にも死を免れた者も、決して心が平穏なわけではなかった。
2020年。新型コロナウイルスの感染拡大が始まる。日本では、1月に感染者、2月に死者が出たことが発表され、不穏な空気が流れる。4月7日に感染対策のため、緊急事態宣言が発令されると、生活は一変し、エンタテインメント業界はかつてない影響を受ける。
650 年以上にわたり受け継がれ、人々を魅了してきた「狂言」。その第一人者であり、芸歴 90 年を超える今もなお、現役で舞台に立ち続ける人間国宝の狂言師・野村万作。映画は、ある特別な1日の公演に寄り添い、万作が磨き上げてきた珠玉の狂言「川上」と人生の軌跡に迫る──。監督は、『ジョゼと虎と魚たち』、『のぼうの城』の犬童一心。アニメーションを『頭山』山村浩二、ナレーションをオダギリジョー、監修を野村万作と野村萬斎が務める。豊かな映像表現で織りなす、至高のドキュメンタリー映画が誕生した。
カリフォルニア州ロサンゼルスにあるフランス料理店“ベル・ヴィー”。店主のヴィンセント・サマルコはパリからロサンゼルスに移住し、乏しい資金の中で2016年8月1日に店をオープンさせる。有名ファストフード店に挟まれた理想的ではない立地ながらも、店は多くの人が訪れる人気店に。だが、2020年のコロナ禍により店は苦境に立たされる。永住権を持たないヴィンセントや従業員たちは店がなくなれば2ヵ月でアメリカを退去しなくてはならないため、テイクアウトや屋外席の設置など、あらゆる手段を用いて店の維持を図ろうと努力するが、ついにロサンゼルス郡は飲食店の営業停止命令を発令。ヴィンセントは厳しい決断を迫られていた。
2014年。関西電力大飯原発の運転停止命令を下した樋口英明・福井地裁裁判長は、定年退官を機に日本の全原発に共通する危険性を啓発する活動をはじめた。それは、原発が頻発する地震に耐えられないことを明快に指摘する “樋口理論”である。そして日本中の原発差止訴訟の先頭に立つ弁護士・河合弘之は、“樋口理論”を軸に新たな裁判を開始した。逆襲弁護士・河合と元裁判長・樋口が挑む訴訟の行方はいかに!一方、福島では放射能汚染によって廃業した農業者・近藤恵が農地上で太陽光発電するソーラーシェアリングに農業復活の道を見出す。近藤は反骨の環境学者・飯田哲也の協力を得て東京ドームの面積超の営農型太陽光発電を始動させる。「原発をとめるために!」と。脱原発への確かな理論、被災から立ち上がる不屈の魂、これは真実と希望の映画である。
2025年2月1日、≠MEがさいたまスーパーアリーナで繰り広げた圧巻の≠ME 6周年コンサート「≠ME 6th ANNIVERSARY PREMIUM CONCERT」が、待望の映画化!爆発する歓声、熱気あふれるパフォーマンス── ライブの感動をそのままに、スクリーンで蘇る!しかし、この映画の見どころはライブだけじゃない。舞台裏のリハーサル風景、真剣な眼差し、流れる涙……すべてにカメラが密着。さらには、オーディションや、2019年11月の東京ドームシティ・ラクーアガーデンステージでのイベントなど、貴重な過去映像もふんだんに収録。グループの原点から現在まで、≠MEのすべてが詰まっている。さらに、メンバーやスタッフのインタビューを通して明かされる、それぞれが胸の内に秘めた想い。笑顔の裏に隠された葛藤、支えてくれるファンへの熱い想い、そして──「12人で東京ドームに立つ」「ファンのみんなを東京ドームへ連れていく」この夢に向かって、≠MEは今どこにいるのか? その“現在地”を、あなたの目で確かめてください。これは、ただのドキュメンタリーじゃない。夢を追い続ける12人の“リアルな物語”だ。
XXXの新シリーズ誕生!!更なる進化を遂げて、『XXX ZERO』として心霊ドキュメンタリー界の最先鋒作品の第六弾!
離婚後に息子と引き離された母親リタ。絶望の末に自殺未遂を起こすが、蘇生を機に再び息子に会う決意をする。親子の再会を通じて、離婚がもたらす社会的問題と家族の絆を見つめ直す感動のドキュメンタリー。
第二次世界大戦の荒廃の陰で、アメリカは日本を理想的な民主主義国として再構築しました。しかし輝かしい進歩の裏には、より暗い真実が隠されています。アメリカによる改革で、日本の文化的魂は根本から排除されてしまいました。東京で育ったアメリカ人が、日本の埋もれた起源の物語を探し求め、日本の心を取り戻す旅に出ます。
能登半島の最北端・珠洲。震災から立ち上がる地域の人々が、自然とともに生きる姿を追ったドキュメンタリー。伝統のキリコ祭りや漁業、地域の文化が再び灯り始める瞬間を描く。
1968年、ビートルズは音楽業界に革命を起こすべく新レーベル=アップル・レコードを設立、転換期を迎えていた4人の作品製作と共に新たなるアーティストの発掘に着手した。メリー・ホプキン、バッドフィンガー(アイヴィーズ)、ジェイムス・テイラーなど数多くのスターを輩出したが財政悪化・首脳陣の不仲そしてビートルズの解散等様々なトラブルによって崩壊の危機を迎える… 主な登場曲(全てダイジェスト) 「ターン・ターン・ターン」「悲しき天使」/ メリー・ホプキン 「アイ・ビリーヴ」「メイビー・トゥモロウ」/ アイヴィーズ 「嵐の恋」「ウィズアウト・ユー」「デイ・アフター・デイ」/バッドフィンガー 彼女の言葉のやさしい響き」「思い出のキャロライナ」/ジェイムス・テイラー 「ペニー・レイン」「ヘイ・ジュード」/ ザ・ビートルズ 「ヒア・カムズ・ア・サン」/ジョージ・ハリスン
ペルーで、100年前に絶滅したはずのカカオが見つかった。偶然の発見だったけれど、そこには、静かに続けてきた人たちの時間があった。最初はカカオを追っていたはずが、気づけば人間を追いかけていた。出会った声、そこにある現実は、すぐには変わらない。それでも、人はちゃんと見ている。うまくいかない日々の中にも、偶然みたいな奇跡は、確かにある。これは、本当にあった奇跡の物語です。
エロティシズムだけではない、多彩な表現内容、技巧、その創造性!葛飾北斎、喜多川歌麿をはじめとする江戸の名だたる浮世絵師たちが、並々ならぬ情熱を注いだ春画。彫り・摺りの高度な技術も投入され、「美」「技」において超一級の芸術と呼べる作品が数多く生み出されたが、時代が江戸から明治に変わると“わいせつ物”として警察による取り締まりの対象となり、日本文化から姿を消してしまった。性別を問わず楽しめるアートとして再評価の機運が高まったのは、つい最近のこと。春画に描かれる表現は、もはや性愛だけにとどまらず、驚くほど多彩。“笑い絵”と称されユーモアをもって描かれる「生命」そのものの魅力に引き込まれずにはいられない。100点以上に及ぶ春画と、国内外の美術コレクターや浮世絵研究家、美術史家、彫師、摺師などへの取材をもとに、表情豊かに描かれる「性」と「生」を発見する驚きのドキュメンタリー。
今年43歳を迎えたドクは14歳の双子の兄妹フジとサクラを子に持つ父。ドクは慢性的な健康不調を抱えながらも、片脚で乗る特別仕様の三輪バイクに乗り毎日を忙しく生きる一家の大黒柱だ。子供たちに愛を惜しみなく注ぎ、彼らの将来の成功を願う教育熱心な父でもある。35年前に話題になった双子の兄ベトとの分離手術は日本から最大の支援を受け、ベトナムで行われた。それから時を経て今、ドクは「教科書の人」、「過去の人」になりつつある。しかし、彼は今も枯葉剤の傷跡を背負いながら毎日を生きている。これまで多くのメディアから取材を受けてきたドク自身も、本映画の撮影では初めて自分の全てをさらけ出すと覚悟して挑んだ。ドクの過去と生い立ちを、今のドクとともに振り返るこの映画が未来に語るものとは。
ザ・ビートルズのファンには周知の事実である、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが別居していた「失われた週末」と呼ばれるプライベートな日々。ジョンとヨーコの個人秘書であり、プロダクション・アシスタントを勤めていた中国系アメリカ人、メイ・パンは、その時期、ヨーコの強い希望でジョンと過ごすことになった。50年の時を経て明かされる、18カ月間の真実の物語とは――。ジョンの名曲の数々や貴重なアーカイブ映像、写真を織り交ぜながら、メイ本人が若き日の自分とジョンとの忘れ難い日々を回想し、彼女の目で見た素顔のジョン・レノンが生き生きと蘇る。
1986年、ソ連の構成国だったウクライナのチョルノービリ原子力発電所で、世界最大級とされていた施設が大規模な爆発事故を起こした。事故は周辺住民の健康と自然環境に深刻な被害をもたらし、その影響は今なお続いている。事故当時、若き科学者として現地調査に参加したアレン・ドブロヴォルスキーは、30年以上を経た現在、地球環境問題に取り組む専門家となっていた。そんな彼が再び現地を訪れ、事故が環境と人間の健康にどのような影響を及ぼしたのかを探るため、当時を知る専門家たちに話を聞き、立ち入り禁止とされる広大な汚染地帯へ、自らの命を危険にさらして足を踏み入れていく。
人気コメディアンのジョン・ビショップ。彼の息子ジョーは、15歳のクリスマス・イブに突然体調を崩し、翌朝には聴力を失っていた。原因不明のまま時が過ぎ、のちに判明したのは、極めてまれな自己免疫疾患“コーガン症候群”だった。当時、多忙を極めていたジョンは、息子に寄り添うことができず、やがて親子の会話は途絶えてしまう。それから12年。彼ら親子は“手話”という新しい言語で、もう一度向き合うことを決意する。そしてジョンは、息子のために人生初となる“手話によるコメディライブ”に挑戦する。
2017年に撮影を開始し7年間の密着取材の中で、大仁田厚だけでなく関係者にも取材を行い、今も現役で戦う理由が明かされてゆく。取材班は、FMW崩壊の真相に関して取材を申し込むが拒否される。しかし、あることをきっかけに大仁田は真相を話す。真相を話したあとにケジメとして、ある場所に向かうのだが、、、
コロナ禍に韓国で誕生したジャイアントパンダのフーバオ。「幸福を与える贈り物」と名付けられた彼女は、韓国はもちろん、世界中から愛される存在へと成長した。4歳になる2024年、中国への帰国を間近に控えファンたちが悲しみに暮れる中、飼育員たちはフーバオの幸せを願い、中国行きの準備を粛々と続けていた。小さい頃遊んだようなハンモックを設置したり、大好きな菜の花畑を手入れしたり…。出発に向けた前向きな準備を整えながらも、次第に近づく別れを前に、飼育員たちの心も揺れ始める。
本作は、アリーナ公演までの道筋を描くショートドキュメンタリーから幕を開ける。渋谷の地下のクラブで小さく燃え始めた火種が多くの人々を惹きつけ、仲間たちとの越境的なコラボレーションを経てついに到達したアリーナステージ。その裏側にあるドラマと、約2時間に及ぶ公演本編を完全収録することで、Tohjiが積み重ねてきた足跡を余すところなく体感できる。 さらに、本公演の最後には「どうせ映画館でかかるならなんか作らない?」という発想から制作された短編映画も特別上映。音楽×映像表現の新たな可能性を提示する作品となっている。
クリストス・ゴダスは2018年春から、人間の信仰や知識、そして物質的・精神的世界の関係を探求するための旅に出た。だが2020年、新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲い、人々の活動が大きく制限されるなか、彼の旅は一度終わりを迎えるかに思われた。いわゆる“アンソロポーズ”と呼ばれるこの時期、交通が激減し都市は静まり返ったが、その静寂の中で新たに見えてきた事実や気づきも数多くあった。彼はその気づきを胸に、人間の知識と信仰、物理学と形而上学のつながりをさらに探求し続ける。そして旅の終わりに、帰路についた彼が悟ったものとは?
宝石のような魅力と唯一無二のパフォーマンスでK-POPシーンをリードするIVE。アジア、アメリカ、ヨーロッパ、南米を巡ったIVE初のワールドツアー「SHOW WHAT I HAVE」のアンコール公演。眩いほどのビジュアルと完璧なチームワークで夢のような時間を届けてくれたIVE。彼女たちの軌跡を刻む数々のヒット曲を詰め込んだ豪華なセットリスト、圧巻のパフォーマンス、そしてメンバーの素顔に迫るインタビューや貴重な舞台裏映像まで――IVEの魅力を余すことなく詰め込んだ特別なライブコンサート映画。
ヨルダン川西岸地区のマサーフェル・ヤッタで生まれ育ったパレスチナ人の青年バーセルは、イスラエル軍の占領が進み、村人たちの家々が壊されていく故郷の様子を幼い頃からカメラに記録し、世界に発信していた。そんな彼のもとにイスラエル人ジャーナリスト、ユヴァルが訪れる。非人道的で暴力的な自国政府の行いに心を痛めていた彼は、バーセルの活動に協力しようと、危険を冒してこの村にやってきたのだった。同じ想いで行動を共にし、少しずつ互いの境遇や気持ちを語り合ううちに、同じ年齢である2人の間には思いがけず友情が芽生えていく。しかしその間にも、軍の破壊行為は過激さを増し、彼らがカメラに収める映像にも、徐々に痛ましい犠牲者の姿が増えていくのだった―。