「片腕を一晩、お貸ししても良いわ――」と娘は言った。その日の朝、花屋で買った泰山木の大きな蕾を美しいと思った事を知ってか知らずか、女が自身の身体から、その蕾のような丸みを帯びた白い肩の処から外してくれた。その娘の右腕を男は受け取る。――この腕はモノを言うだろうか? 話をしてくれるだろうか?男の密かな愉しみに、腕は腕の出来る事しか出来ないと言いながらも、女は「お試しになって」と男を送り出した。男は外套の内に右腕を抱いて自宅へ戻る。すると、右腕は男の部屋に泰山木の匂いがすると話し出すのだった。これまでの孤独が染みついた部屋で、男は純潔を保った娘のように儚くも冷ややかな体温を持った娘の右腕を愛で始めるのだが――
二月のある日、シングルファーザーの肇(柳家京太郎)は、広島から上京して、春から東京の大学に通う娘の璃子(石井杏奈)のため、二人で部屋探しに歩く。そこで出会う人々とのふれあいが、二人の心にかけがえのない思い出を刻み付けていく。たった一日のちいさな旅路が終わりに近づくころ、肇は璃子が幼いころ死別した妻との思い出を語りはじめる。璃子にとってそれは、今まで知ることのなかった父と母の秘められた物語であった。