莫愁は屈原の居場所を突き止めると屈由を連れ、屈伯庸と張儀の交渉中に屈原を救出する。子尚が遣わした使者が張儀を訪れ妙策を持ち掛けると、疑いながらも張儀は楚に潜入し、屈由に出身の真相を打ち明ける。さらにある人物から、父親は軍令前に酒を飲み敗戦に導いた罪で屈伯庸に殺されたと告げられた屈由は、ショックを受けひどく動揺する。
秦軍に包囲され楚軍は劣勢となる。父の死の暗示にかかる屈由がやっとのことで参戦するが、白起の槍が命中し死を遂げる。楚は秦に大敗し、屈伯庸も重傷を負った挙げ句、懐王の目の前で逝去する。その後、屈伯庸の訃報を聞いた柏恵も後を追うように他界してしまう。秦の群臣は勢いに乗り楚への遠征を提言するが、張儀は異を唱え恵文王はその意見を聞き入れる。
屈原は剣を片手に蘭台(らんたい)宮に闖入し、懐王に秦への出征を懇願するが、懐王に受け入れてもらえず自害しようとする。しかし懐王が素手で剣を払って屈原を救い、互いに酒を酌み交わす。その後、屈原は左徒(さと)に、莫愁も楽師に任命され、二人は再び楚殿で出会う。莫愁は自分の運命をすでに受け入れたと告げ、屈原にも運命を受け入れるように説得する。
太后の誕辰を祝うため莫愁は楽師として琴を演奏する。嬴妃を非難する鄭妃と懐王に耐えかねた莫愁が楚を批判すると、太后が激怒。厳罰に処されるところを懐王が助ける。南后は太后の命で莫愁に礼儀作法を教えるが手に負えず、太后と懐王に報告。その後、莫愁は妃嬪らの前で踊りを披露したが、懐王に宮廷に相応しい踊りと詩を優れた師の元で学ぶよう言い渡される。
太后は南后と莫愁を訪ね、莫愁の態度にしびれを切らし、石畳に跪かせ反省させる。莫愁は激しい雨に打たれ倒れるが、心優しい嬴妃に助けられる。それを聞きつけた懐王は莫愁を見舞い、触れようとすると驚いた莫愁が懐王の衣に薬をかけてしまう。度重なる無礼な行為をする莫愁を懐王は好意ゆえに許すのだった。鄭妃は子蘭を連れて屈原を訪ね、そこで荘喬と再会する。
田姫から密書が届いた斉では蘇秦が合従策を説くが宣王と意見が割れる。懐王は屈匃(くつかい)を大司馬に任命し三軍を率いて秦に出征せよと命じるが、屈原は秦に対抗するため斉国との合従策を提言する。そして斉国への使者を自ら名乗り出て子蘭が同行することとなる。しかし子蘭は子横(しおう)と口論になり、人質として斉へ売られると脅され、斉への同行を嫌がる。
屈原は子蘭を説得し、碧霞とともに斉へ向かう。道中、屈原一行は森で襲撃されるが、莫愁が遣わした荘喬が屈原一行を守り難を逃れる。その後休もうと立ち寄った先で、怪しい雰囲気を感じた一行の予想は的中し刺客に襲われる。張儀は斉の田嬰(でんえい)を訪ね、燕の防備図をちらつかせ屈原の抹殺を提言。楚では、懐王が空きの宮殿を改修させ、妃らに宮殿名を募る。
新しく命名された宮殿、莫愁宮は莫愁に与えられ、鄭妃が小喬(しょうきょう)に莫愁の傍で仕えるよう指示し、探りを入れる。屈原一行が林の中で休憩していると目の前で老人が倒れ、助けようとした子蘭が捕まってしまう。そして黒服の刺客が現れ屈原らを包囲するが、斉の者たちに助けられる。その後、屈原たちは斉の宰相、蘇秦に会うことができ、秦への対抗策を練る。
蘇秦と共に屈原たちは田府を訪ねる。最初、田文(でんぶん)は屈原の意見に難色を示していたが彼の熱意に負け、父の田嬰(でんえい)の説得を試みる。屈原に好意を寄せる浴蘭(よくらん)は屈原を裏庭に誘い、踊りを披露したり屈原の詩を語り気持ちを伝えるが…。莫愁宮に幽霊が出ると言い巫師を招いて莫愁を脅す鄭妃だったが、莫愁と青児(せいじ)にかえって驚かされてしまう。
田嬰は“楚が天下を奪う”と書かれた文を見つけたと屈原に濡れ衣を着せて軟禁する。それを聞いた蘇秦は田嬰に屈原の釈放を願い出るが、屈原との結託を疑われ、田嬰と決裂する。最終手段として碧霞は浴蘭に屈原を救出するよう頼み、その代わり自分は屈原と離縁または自害すると申し出る。屈原をモノにしたい浴蘭は屈原を救い、城外にいる碧霞の元へと合流する。
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