荘喬との逢瀬を楽しむ鄭袖は、子蘭が預けたという血書を渡される。子横の叔父が罪を犯したと知って大喜び。権県では、屈原が私財を投じて童子軍を作ろうとしていた。これにより浮浪者は問題を起こさなくなり、貴族と民の溝も埋められる。資金はいくらあっても足りないので、地元の顔役にも出させる。懐王は公子たちを都に呼び戻し、子蘭を太子にすると宣言した。
昭碧霞は謀反の疑いをかけられた屈原の助命を懐王に乞う。だが実のところ懐王は、屈原と莫愁が密通していると思い込み、激怒していた。昭碧霞からそのことを聞いた莫愁は、屈原とは清い関係だと懐王に釈明し、死をもって潔白を証明しようとするが、それが逆に懐王の嫉妬心に火をつけてしまう。すると莫愁は思わぬ行動に出て…。
鄭袖と密会しているところを昭碧霞に目撃された荘喬。あくまでも鄭袖との愛に執着し、兄貴分である屈原と袂を分かつことに。屈原は予知夢を見た莫愁から災難に遭うと知らされるが、改革の手を緩めない。続いて塩の専売制度を改めようとし、都の塩商たちから怒りを買う。屈夫妻の口封じをもくろむ鄭袖は、これ幸いと子尚に悪知恵をつける。
刺客の矢を浴びた昭碧霞はついに事切れる。刺客が屈原の命をも奪おうとした時、荘喬が現れて間一髪で屈原を救う。愛妻を失ったうえ、我が子も昭和に連れていかれた屈原は悲しみのどん底に突き落とされる。一方、屈原殺害に失敗した子尚は鄭袖に入れ知恵され、今度は屈原の失脚に向けて動きだす。昭和を仲間に引き込み、太后に屈原の弾劾を訴えたのだった。
改革を推し進める屈原に不安を覚える太后は、王は慎重になるべきだと懐王を厳しく戒めた。妻の喪に服す屈原は白い衣を着て朝堂に現れ、正義の裁きを下すよう訴える。しかし景頗から3つの罪を犯したと責められ、義父の昭和からも見捨てられ、居並ぶ大臣たちから弾劾される。屈原は和氏の璧を掲げて改革の続行を嘆願するものの、左徒の職を解かれ閑職に追われた。
楚から同盟を望まれた秦は、商於(しょうお)の地600里を割譲する代わりに斉と断交するよう要求する。しかし六国同盟の盟主である楚が公然と盟約を破れば各国から敵視されるため、楚はなかなか承諾しなかった。すると張儀は子尚を訪ね、子尚と鄭袖が密通している証拠を取り出し、懐王に秦の条件をのませ、更には和氏の璧を奪ってくるよう脅す。
楚が斉と断交して秦と同盟を結ぶ。その知らせが斉に届くと、合従策を提唱した蘇秦は非難の的となり、殺された。秦では羋八子(びはっし)が嬴稷を王にするため范雎(はんしょ)と手を組み、嬴蕩(えいとう)に毒を盛らせる。張儀は和氏の璧を偽物とすり替えさせ、田姫と別れを惜しみ、悠々と帰途につく。莫愁は懐王に荊の鞭を見せ、屈原の記した諫書を手渡す。
張儀の率いる秦軍が楚軍8万を殲滅して大勝した。しかし羋八子と范雎(はんしょ)の讒言を信じた恵文王は張儀をたたえるどころか、直ちに楚へ行って和議を結べと無理難題を持ちかける。一方、懐王は無謀な戦へと突き進んだ己を責め、自ら荊(いばら)の刑を受ける。莫愁から助言を受けた懐王は、屈原を再び朝廷に戻そうとするが、太后らの猛反発に遭う。
楚国一の詩人は世俗を離れて詩作に専念するほうがよい。そう結論づけた懐王によって政治の表舞台から姿を消すことになった屈原。莫愁は伝書鳩が運んでいた密書を手に入れ、屈原に渡す。2人は田姫が秦の間者だと推測する。使者として再び楚を訪れるはめになった張儀。子尚と鄭袖の秘密を知る田姫は、張儀を殺させないよう脅して協力させる。
嬴盈は田姫の身代わりとして死ぬことを迫られた。もはや生きる意欲を失っていた嬴盈は秦の間者として自害することを受け入れる。一方、子尚は懐王を翻意させるべく魚の腹に玉を隠し「張儀を殺せば楚は滅ぶ」という噂を流す。屈原は秦の者の陰謀にすぎないとして張儀を殺すよう主張するが、重臣や太后が張儀の処刑に反対したことから懐王の決意は揺らぐ。
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