渭陽君のエイ傒は朝廷で嫪毐の悪行を暴露し刀で殺そうとしたが、エイ政は太后の秘密までばれるのを防ぐため渭陽君の腕を切り落としてしまう。宗室は嫪毐と対立する中、呂不韋は秦王のエイ政がすべてを把握し動かしていることに気づく。エイ政は太后と嫪毐が住む甘泉宮を訪れ、そこで2人の子供が目の前に現れた……。
秦王のエイ政は太后と嫪毐の関係を確かめるため密かに甘泉宮に行き、嫪毐は身の危険を感じ王の暗殺を企てるも失敗に終わる。魏と連携して秦の王座を狙うエイ虞に利用されていることに気づかぬまま太后を後ろ盾に叛乱の準備を急ぐ嫪毐だが、実は李斯とエイ政はすべてを把握し動かしていた。
嫪毐との謀叛を成功させるためエイ虞は外国と通じ密かに働いた結果、趙・魏・韓が50万もの兵を率いて秦の国境に迫ることになった。呂不韋は嫪毐を捕らえくびり殺そうとしたが太后とエイ政に止められ、後に嫪毐は王璽と太后璽の両方を手に入れ、至高の権力を握ることになった。
紀元前238年秦王のエイ政は加冠の儀を行うため、太后の趙姫と秦の古都である雍城に向かったが、咸陽に残った嫪毐は王璽と太后璽を乱用し挙兵の準備を整えていた。一方の呂不韋は監国を代行して嫪毐から咸陽を守ってほしいとエイ政に頼まれ、謀叛軍との激戦を強いられた。
将軍の王翦はエイ政がいる雍城の危険を察して、急遽一万の援軍を統率し反乱軍の撃破に向かう。章台宮をはじめ咸陽の隅々まで嫪毐の反乱軍に占拠され、呂不韋の相府にも無数の兵が押し寄せた。エイ姓一族はエイ政の息子・扶蘇を救出するため将軍の樊於期とともに決死の戦いを繰り広げる。
紀元前238年4月、反乱軍がエイ政の王位と命を狙って雍城へと突進する中、22才になったエイ政は予定通りに加冠の儀を行い、王璽を手に入れることで親政を始めた。これにより相邦の呂不韋が国政の実権を握る時代は終わり、監国太后の趙姫も嫪毐の叛乱が原因ですべてを失うことになった。
嫪毐は車裂きで処刑され、太后も雍城に幽閉されてしまう。呂不韋は嫪毐を太后のもとに送り込み、反乱に到った責任で連座して朝廷を離れることになった。秦王の政は嫪毐の乱を平定した臣に各々の功績に応じた爵位と恩賞を与え、李斯を参謀人に親政を始めたのである。
呂不韋は相邦の官職を失った途端、連座の罪を恐れる呂氏一族と朝廷で新たな官職を狙う嬴一族の対立が激しさを増していった。しかし秦王の政は仲父である呂不韋を領地の洛陽へ異動させるだけで決着をつけ、国を挙げて列国の平定という偉業に集中することにした。
呂不韋が失脚し咸陽を離れたあと、水利工事担当の鄭国を一族諸共処罰することを望む嬴一族は、同時に他国出身の客臣を秦から追い出そうとする。秦王の嬴政は宗室の意向を知りながらも鄭国や客臣を擁護し対策を練り、新たな波乱を避けるべく逐客の詔を下す。
嬴政の親政が始まって以来、宗室だけで秦が支えられると主張する嬴一族は嬴政に圧力をかけ続ける。嬴政はこれに応じて李斯を含む現役の客臣を追放し、すべての官職を宗室に任せることにしたが、公務に滞りや深刻な問題が頻発する。
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