かつて人質として趙の邯鄲に滞在していた頃、政と苦楽をともにした燕の太子姫丹は趙の朝廷不穏を好機に燕と秦の連合による邯鄲を落とす案を秦に持ち込み、秦王の政もこれに賛成する意向だが、相邦の呂不韋は秦の国策である水利工事と趙への出兵の両方が賄えないことから、兵を出さずに趙から城や土地を得られるという甘羅の策を執り成功する。
呂不韋の舎人である甘羅の策により、秦は趙から城や土地を割譲することに成功するが、これは燕との連合を破り、秦王の意思に背く形となったゆえ、甘羅は王に殺されてしまう。これを発端に、王の政は相邦の呂不韋に対して更なる不信感を抱き、その権限を弱めることを思案し、李斯を起用することで自らが親政するための準備を着々と加速させていく。
秦王の政は相邦の呂不韋との対立から李斯を御史に起用しようとするが、呂は権力を掌握し王に譲ろうとしない上、政の母である趙姫を味方につける。政は気晴らしのため驪山へ競馬に出かけ、のちに妻となる羋華に出逢う。一方、人質として秦に滞在中の趙佾は趙の王となった弟の趙偃を王位から追い出し、自ら王位につくことを企てる。
華陽太后は羋姓一族の再起を図るため羋啓の娘羋華を秦王の政の元へ送るが、政の母である趙姫は斉の王女離秋を政に嫁がせる計画だ。この縁談をめぐる朝廷の権力闘争に勝ち取るべく趙姫は数年ぶりに咸陽へ戻るが、政は楚に帰ろうとする羋華を追いかけ、母の出迎えを怠ってしまう。相邦の呂不韋は6年かけて『呂氏春秋』を編纂し、この頃に完成した。
華陽太后が推薦する楚の娘羋華を妻として迎えたい嬴政だが、母趙姫が呼んだ斉の王女離秋を断れずに苦悩する。この結婚をめぐる権力闘争が表面化する中、李斯は斉にも楚にも義理が立つ策を考案し、両者を同時に娶ることを進言する。斉の離秋を迎える宴の席で、政は羋華の後を追い外へ出ていく……。
政は楚の羋華と斉の離秋を同時に妻として迎えることにしたが、後宮が原因の混乱を避けるため、王妃を立てないと宣告する。弟の偃に王座を奪われ、人質として秦に滞在中の佾は復讐のため、趙に帰りたいと相邦の呂不韋に懇願する。呂は趙の内乱が秦に有利だと考え、護衛付きで佾を邯鄲へ送還するが、佾は王妃の座を狙う偃の夫人の罠にはめられ、事は思わぬ展開に……。
趙太子の佾は趙に帰還するが、邯鄲に到着する前に弟(趙王)偃の夫人の姦計に引っかかり、自ら王位奪還の念を諦めざるを得ない状況に陥ってしまう。これにより呂不韋が画策した趙への謀略は打ち砕かれ、政の加冠を前に趙は他国と合従して秦攻めを図ろうとする。
趙、楚、燕、魏、韓と5国の連合により60万の兵が秦への攻撃を繰り広げる。咸陽まであと一歩と迫ったが、秦軍の奇襲が成功し、合従軍の進撃は蕞城で止まり、のちに“蕞の戦い”と呼ばれた。秦は合従軍の精鋭を一気に殲滅し勝利を収めた。
嬴政は婚儀を済ませ、加冠の儀を前に自ら親政への準備を進めるため、嬴一族の宗室だけを宴に招待し、宗室側も自分たちの戦功が爵位へと変わる日を待ち望み、政の親政を支持することに合意したが、国政を握る呂不韋と監国太后の趙姫は失権を恐れ極力政の親政を拒む。
政は競馬で弟の成蟜に負けたことが朝廷の権力闘争に利用され、韓霓は息子(成蟜)を危険から救うため母国の韓に助けを求め、韓は成蟜の率いる秦軍に韓の城を密かに割譲するという策を試みる。華陽太后は事態の危険を察しながら呂不韋の計らいに抵抗する。
ご購入時から視聴有効期限内、視聴いただけます。 日本国内でのみ視聴可能です。日本国外からはご利用いただけませんのでご注意ください。